すべてはあの花のために①


「呼ばれて飛び出てじゃんじゃかじゃあああん!!」

「――!?!?!?」


 シリアスな空間をぶっ壊してくれちゃったのは、皆さんおわかりだろう。理事長である。
 みんな、あの空気に呑まれていたせいで、今じゃ何が起こったのかビックリしすぎて挙動不審。

 まあ、よかったっちゃよかったか。この空気を戻すことまでは、考えていなかったし。


「(ありがとうございます、理事長っ)」


 葵はくすりと笑いながら、心から彼に感謝を伝えておいた。


「(そういえば、朝倉先生は?)」


 きょろきょろと辺りを見回すと、端っこの方で一人ビールを飲んでいる。

 ちょっとちょっと、そこの人。あなた今仕事中やぞ。
 しかもいつからそこにいたんだ。空き缶何個も並べてあるやんけー……。


「(朝倉菊、侮れん)」


 葵の要注意人物にキクの名前が、ちゃっかり加わった。



「みんな~しっかり食べてる~? 親睦深めてるう~?」


 妙にテンションが高い理事長は、チカゼの肩を組みながら、腹が立つくらい絡んでくる。


「(おいおい、なんか足取り覚束ないんですけど。まさか、あなたも出来上がってるんじゃないだろうな?)」


 そんなことを思っていた時。


「り、りじちょー」


 理事長に肩を組まれたチカゼが、ゆっくり口を開く。


「あ、あのさ。えーっと……」


 少し照れくさそうにしながら言葉を紡ごうとするも、上手く出てこないみたいだ。
 助けを求めるように、彼の視線がわずかに葵を捜す。


「(大丈夫だよ。ゆっくり。少しずつ伝えればいいんだ)」


 安心して話し出せるように。葵はただ、静かに微笑みながら頷いた。
 その一瞬。少しだけ彼が目を見開いたように感じたけれど、そんな遣り取りをしている最中も、理事長はにっこり笑いながら彼の言葉を待っていた。


「……その。あ、ありがとな」


 恥ずかし混じりの小さな声。けれどそれは、静か過ぎる部屋には、十分大きな声。
 その一言を聞いた理事長は、本当に嬉しそうな笑みを零していた。


「ご馳走、たくさん準備してくれてありがと。すんげーウマい!」


 にかっと笑うその顔は、やっぱり少し照れくさそうだった。


「りじちょう先生も一緒に食べよお! もちろんきくチャン先生もね」


 アカネはキクのしわくちゃの白衣を引っ張って、みんなが集まるところへと連れてくる。


「おーおー、そんな引っ張るなよ~」


 そんなことを言う眼鏡の向こうは、やっぱり少し嬉しそうだ。


「(よかった。ちゃんと届いて)」


 そんな様子を見ながら葵は、ほっと息をつこうとした。



「……ごめんはこっちの方だ」


 息を吐こうとしたその時。目の前からとても小さな声で、そう聞こえた。