すべてはあの花のために①


「――ふ〜ん」

「(え)」


 そんな適当に答えたせいか。それまで一切口を開かなかったカナデの前髪から見えた瞳は、怒りに満ちていた。

 そうやって睨んできた後、一気に距離を詰めてきて、荒々しく葵の胸倉を掴み上げてくる。


「ア〜オイちゃん、俺キレちゃった」


 へらへらと言ってはいるが、その瞳は、笑ってなどいなかった。


「(え?! まさかカナデくん、プリンが嫌いだったのか?!)」


 実際のところ、何故こんなにもカナデが怒っているのか、葵はわからなかった。
 けれどそんなことを考えていながらも、葵からは一つも焦った様子は見受けられない。それどころか胸倉を掴まれているその顔は、真っ直ぐに目の前のカナデを見据えている。


「(だってカナデくん。わたしのことを殴ろうとか、そんなこと全然思ってるわけじゃないんだもん……)」


 掴んでいるその手は、微かに震えている。
 これは、怒りではないだろう。

 それに。


「(それにカナデくん、なんか泣いちゃいそう。……何がそんなにつらいんだ)」


 怒りに満ちていると思っていたその瞳は、悲しい。つらい。苦しい。そんな感情たちで、ゆらゆらと揺れていた。


「圭撫、やめ――」


 プリン王子が止めに入ろうとしたけれど、葵はそれを片手で制した。
 黙っている他のメンバーも、固唾を呑んで見守っていた。


「カナデくん」


 しんと静まる中。葵はそっと、彼の名を呼ぶ。怒ってるわけでも、謝るわけでも、咎めるわけでもなく。ただただ単調に。
 真っ直ぐな葵の声にカナデの肩がぴくっと揺れたが、…微か過ぎて、きっと気付いている人はいないだろう。

 葵はそっと、強く握られたカナデの手を、上から優しく包むようにして添えた。初めは睨んでいたものの、カナデはゆっくりと俯くように、視線を外していく。


「(カナデくんは何を考えて――……いや、思い出している?)」


 視線を外されてしまっては、流石にもう感情を読み取ることはできなくなる。

 どうしてカナデをそんな表情にしてしまったのかは、やっぱりどう考えてもわからない。



「(……うん。それなら、わたしは――)」


 ゆっくりと息を吐き、そしてスッ――と軽く空気を取り込む。



「ごめんなさい」


 そう。まずは、きちんと伝えることから始めよう。