「――ふ〜ん」
「(え)」
そんな適当に答えたせいか。それまで一切口を開かなかったカナデの前髪から見えた瞳は、怒りに満ちていた。
そうやって睨んできた後、一気に距離を詰めてきて、荒々しく葵の胸倉を掴み上げてくる。
「ア〜オイちゃん、俺キレちゃった」
へらへらと言ってはいるが、その瞳は、笑ってなどいなかった。
「(え?! まさかカナデくん、プリンが嫌いだったのか?!)」
実際のところ、何故こんなにもカナデが怒っているのか、葵はわからなかった。
けれどそんなことを考えていながらも、葵からは一つも焦った様子は見受けられない。それどころか胸倉を掴まれているその顔は、真っ直ぐに目の前のカナデを見据えている。
「(だってカナデくん。わたしのことを殴ろうとか、そんなこと全然思ってるわけじゃないんだもん……)」
掴んでいるその手は、微かに震えている。
これは、怒りではないだろう。
それに。
「(それにカナデくん、なんか泣いちゃいそう。……何がそんなにつらいんだ)」
怒りに満ちていると思っていたその瞳は、悲しい。つらい。苦しい。そんな感情たちで、ゆらゆらと揺れていた。
「圭撫、やめ――」
プリン王子が止めに入ろうとしたけれど、葵はそれを片手で制した。
黙っている他のメンバーも、固唾を呑んで見守っていた。
「カナデくん」
しんと静まる中。葵はそっと、彼の名を呼ぶ。怒ってるわけでも、謝るわけでも、咎めるわけでもなく。ただただ単調に。
真っ直ぐな葵の声にカナデの肩がぴくっと揺れたが、…微か過ぎて、きっと気付いている人はいないだろう。
葵はそっと、強く握られたカナデの手を、上から優しく包むようにして添えた。初めは睨んでいたものの、カナデはゆっくりと俯くように、視線を外していく。
「(カナデくんは何を考えて――……いや、思い出している?)」
視線を外されてしまっては、流石にもう感情を読み取ることはできなくなる。
どうしてカナデをそんな表情にしてしまったのかは、やっぱりどう考えてもわからない。
「(……うん。それなら、わたしは――)」
ゆっくりと息を吐き、そしてスッ――と軽く空気を取り込む。
「ごめんなさい」
そう。まずは、きちんと伝えることから始めよう。



