「ま、それはいいとして」
あ。いいんだ。
「最初の質問の答えはこんな感じでいいかな」
「あ。はい」
「それに引き続いてもう一つの質問の方ね。どうして私が嬉しそうな顔をしているかだけど……」
そう言いながら、ちらりと優しい瞳でオウリのことを見る理事長。
それがとても慈愛に満ちているような、そんな表情で少し驚いていると……。
「もう気付いているか、誰かから聞いてるかもしれないんだけど、桜李の表情ってそんなに動くことがないんだ」
「え?」
伏し目がちに、寂しそうな表情を浮かべながら放たれた言葉に、葵は目を瞠った。だって、そんなことはないはずだから。
確かに、動くことは少ないのかもしれないけれど。少なくとも葵は、驚いた顔や心配そうな顔、怒った顔や喜んだ顔、焦った顔に照れた顔だって見たことがある。しかもここ何十分かの間でだ。
そんなことを思っていると。
「……おうりは、おれらが初めて会った時から話せなかった。そして無表情だったんだ。それでも仲良くなったおれらには、いろんな表情を見せてくれるようになったんだよ」
と、理事長の話にアカネが加わる。
「つまり、今まで無表情以外の顔を見せるのは、俺らと理事長と、ついでにキクちゃん先生の前だけだったってこ〜と。ちなみにキクちゃん先生とも、実は昔から仲良かったりするんだけどね〜」
と、相変わらずぬた~と話してくれたカナデ。
キクちゃんとは、恐らく朝倉先生であろう。
去年も担任でお世話になった朝倉先生は、ぼさぼさで伸ばしっぱなしの髪を一つに結び、丸メガネに不精ひげ。皺だらけの白衣を羽織っており、いつも猫背だ。
これでも一応先生だから、理事長室にも詳しいのかと思っていたけど、ここも繋がっていたなんて思いもしなかった。
「おーい道明寺? 心の声漏れてるぞー。こんな先生でも一応傷ついちゃったりするからなあ、次漏らしたら課題出すぞー」
おっと。またつい独り言を洩らしてしまったようだ。気を付けなければ。
「そう。そうだったんだ。昨日まではね?」
理事長が、今度は楽しそうに話す。
こんなにもこの人は、彼らの前ではコロコロ優しい表情を変えるのだと。少しばかり感心していた。
「(ん? 昨日? 昨日は確か……)」
「夜遅くに桜李がすごく楽しそうな……いや、嬉しそうな顔をして私のところに来てね? 目をキラキラさせながら道明寺さん、君に生徒会に入って欲しいだなんてお願いをしに来たんだ」
そう話した理事長に、葵は驚きのあまり開いた口が塞がらなかった。
「君はばっちり投票数も獲得してたし、生徒会には入れる気満々だったんだけどね。いきなりどうしたものかと驚いたもんだよ。理由を聞いてみれば――」
わははっ! と笑いながら理事長は話を続ける。
……やばいぞ、これは。嫌な予感だ。



