「それにしてもお前さん、学校に何の用事だ?」
恐らく初めから聞いていたのだろう。
素直に「理事長に会いに」と伝えると、「奇遇だな。オレもオレも」と軽い返事。
「学校に車も置いてあるから、ついでにお前さんも送ってやるよ」
「お二人の邪魔はしたくないんですけど……」
「ま、そう言いなさんな」
本当は邪魔すんなって思ってるくせに。
「……ありがとうな」
「キク先生?」
「どうせキサの母ちゃんにいろいろ聞いたんだろ」
それはきっと、彼の過去。そして、彼の後悔。
「なあ」
「はい?」
「お前さんは、このままでいいのか」
「……このままと、言いますと?」
「あの人の願いを叶えるだけで、本当にいいのかって聞いてる」
「……そうですね。わたしには、そうすることしかできないので」
「そんなことはないだろう」
「先生も、理事長から何か言われたんじゃないですか? 例えば……そう。願いを」
「……!」
「“何かあれば”その願いを叶えるんでしょう?」
そうしてカマをかけてみると案の定、キクの口からは「お見通しかよ」と、こぼれて落ちた。
「キク先生」
「ん?」
「わたしも、変わりませんよ。……恐らく、ずっと」
「……どうみょ」
「ではお言葉に甘えて、帰りはお願いしますね」
「……ああ」
そう言って、葵は彼らの元へ帰って行った。
残ったキクはというと――――。
「……はあ。本当は、お前さんが一番苦しいだろうに」
誰が聞いているとも知らずにそう言った呟きは小さく、すぐに空気に溶けていった。



