――コンコン。
「杜真様? そろそろお時間ですが……」
「えっと、もう少ししたら出ます」
「承知致しました。何かあればお呼びください」
「はい。ありがとうございます」
そう言うと、扉の向こう側にいたスタッフの足音は遠ざかっていった。
「「はああああ……」」
同時に二人して息を深く吐く。
「危なかったね」
「そうですね、冷や冷やしました」
「その恰好のままホテルから出るの?」
「車の中に着替えを入れているので、そこで着替えます」
「そっか。もう行っちゃうんだね」
「トーマさん?」
「だって、もうここでお別れなんでしょう? 普通に寂しいけど」
「え、っと……」
「名残惜しいから、もう一回キスしとく?」
「わあわあわあ!」
後ずさった距離を慌てて詰め、彼の口を思い切り塞いだ。
「もっ、……もう。勘弁してくださいぃ……」
「――! ……ああ゛〜もうっ!」
雄叫びに似た声を上げたトーマは、真っ赤な葵を頬をペちんと包み込む。
「……ねえ。それってわざと?」
「え? ち、ちがっ」
「てか本当、普通に帰したくないし」
熱い両方のほっぺたを、ぺちぺちと軽く叩きながら。
「今度会ったら、ここだけじゃ済まないかもしれないよ?」
そう言って彼の指先が触れるのは、ついさっき唇が触れた場所。意味がわかった葵は、また顔を真っ赤にした。
「じゃ、そろそろ。残念だけど」
「……そうですね。寂しい、です」
「またこっちにも遊びに来てね。俺もそっちにも遊びに行くからさ。そしたらまた、抱き締めさせてね?」
「……。そう、ですね。また会えた時は是非っ」
「――――(何。今の、すごい嫌な感じ)」
「あ、の。トーマさん……?」
「……じゃあ、俺は今から俺の仕事をちゃんとしてくるから。終わったら連絡入れるね。友達だから」
「――! っ、はい。トーマさんの格好いい姿を拝見できないのはとっても残念ですが、応援してますね!」
「……俺のこと、格好いいって思ってくれてたの?」
「え? はい。初めてお会いした時から、イケメンさんだと思いましたよ? まわりの女性も、トーマさんに釘付けでしたし!」
「……俺は葵ちゃんだけでいいんだけど」
「え? なんですか?」
「なんでもないよ。じゃあ、気を付けて。またね、葵ちゃん」
そう言ってトーマは葵の頭をぐしゃぐしゃにして、そのままの恰好のまま部屋から出て行った。
「……っ。さよう、なら。とーま、さん……っ」
しばらくの間その場を動かなかった……いや、動けなかった葵からこぼれた言葉は、スッと床に落ちて消えていった。



