すべてはあの花のために①


 ――コンコン。


「杜真様? そろそろお時間ですが……」

「えっと、もう少ししたら出ます」

「承知致しました。何かあればお呼びください」

「はい。ありがとうございます」


 そう言うと、扉の向こう側にいたスタッフの足音は遠ざかっていった。


「「はああああ……」」


 同時に二人して息を深く吐く。


「危なかったね」

「そうですね、冷や冷やしました」

「その恰好のままホテルから出るの?」

「車の中に着替えを入れているので、そこで着替えます」

「そっか。もう行っちゃうんだね」

「トーマさん?」

「だって、もうここでお別れなんでしょう? 普通に寂しいけど」

「え、っと……」

「名残惜しいから、もう一回キスしとく?」

「わあわあわあ!」


 後ずさった距離を慌てて詰め、彼の口を思い切り塞いだ。


「もっ、……もう。勘弁してくださいぃ……」

「――! ……ああ゛〜もうっ!」


 雄叫びに似た声を上げたトーマは、真っ赤な葵を頬をペちんと包み込む。


「……ねえ。それってわざと?」

「え? ち、ちがっ」

「てか本当、普通に帰したくないし」


 熱い両方のほっぺたを、ぺちぺちと軽く叩きながら。


「今度会ったら、ここだけじゃ済まないかもしれないよ?」


 そう言って彼の指先が触れるのは、ついさっき唇が触れた場所。意味がわかった葵は、また顔を真っ赤にした。


「じゃ、そろそろ。残念だけど」

「……そうですね。寂しい、です」

「またこっちにも遊びに来てね。俺もそっちにも遊びに行くからさ。そしたらまた、抱き締めさせてね?」

「……。そう、ですね。また会えた時は是非っ」

「――――(何。今の、すごい嫌な感じ)」

「あ、の。トーマさん……?」

「……じゃあ、俺は今から俺の仕事をちゃんとしてくるから。終わったら連絡入れるね。友達だから」

「――! っ、はい。トーマさんの格好いい姿を拝見できないのはとっても残念ですが、応援してますね!」

「……俺のこと、格好いいって思ってくれてたの?」

「え? はい。初めてお会いした時から、イケメンさんだと思いましたよ? まわりの女性も、トーマさんに釘付けでしたし!」

「……俺は葵ちゃんだけでいいんだけど」

「え? なんですか?」

「なんでもないよ。じゃあ、気を付けて。またね、葵ちゃん」


 そう言ってトーマは葵の頭をぐしゃぐしゃにして、そのままの恰好のまま部屋から出て行った。



「……っ。さよう、なら。とーま、さん……っ」


 しばらくの間その場を動かなかった……いや、動けなかった葵からこぼれた言葉は、スッと床に落ちて消えていった。