「……言えないよ」
「なんで?」
「言っても、あたしは変わらないから」
「ある人がな、こう言ってたんだ。変わらなかったから動けたんだって。変わらない気持ちがあったから、動けたんだと」
「……変わらないから?」
「人は気持ち一つで動けるんだってさ。だから、お前もその気持ち言ってみ? 今よりはちょっと、前に進めるかもしんねえから」
「……ほんとうに、前に進めるのかな」
「……聞いてるのは俺だけだし。言ってみるだけ言ってみたらいいんじゃねえの」
とんとんと、彼女の背中をそっと叩く。
すると、ぽろぽろと。涙と一緒に零れてくる。
「……あ。あたし、はっ。……っ」
「うん?」
「あたしはっ。……ほんとうは結婚なんか。したく、ない……」
「うん」
「でもあたしはっ。みんなが。だいすきっ、だから……っ」
「……うん」
「お父さんも。お母さんも。……っ菊ちゃんも。チカも。杜真も。杜真のお父さんも。お母さんも。大好きな人たちには、し……幸せに。暮らして。欲しくって……」
「うん。つらかったな」
「あた、あたしはっ」
「うん」
「……きくちゃんがっ。すきなんだ……っ」
「うん。知ってる」
やっと彼女の本音が聞けた。
トーマは、自分にしがみついて泣き続ける彼女の背中をやさしく撫でてやった。
「(大丈夫だ。……大丈夫。明日までの我慢だからな)」
泣き疲れてようやくちゃんと眠る彼女の涙を拭いて。布団に戻してやってから彼は、自分の部屋へと戻っていった。
「……俺を怒らせたらどうなるか。ちゃんとわからせておかねえとな」



