「(……にしても、だったらさっきの苦笑いは一体……)」
居間に通されるとすぐさま飲み物が出されてしまう。
「それでそれで? どうして二人は、あたしのところに来たのかな?」
長居をするつもりはなかったのだが、あまりにも楽しそうに尋ねる彼女に、葵たちの方が少し戸惑っていた。
「……えっと。そのお話しさせてもらう前に一つだけ、いいでしょうか?」
「もちろん」
「あなたは、どこまでご存じなのでしょうか」
恐らく中へと入れてくれた時点で、葵たちの目的を彼女は知っているはずだ。
「……あたしは、全くと言っていいほど何も知らない。最低でしょう?」
「い、いえ。そんなことは決して」
「ううんいいの。わかってるから」
自分が愚かだったばっかりに、あの子にも酷いことさせたんだと。彼女は少しだけ、表情に影を落とす。
「どこまで知っているかよね。……あたしはあの子を産んですぐに引き離されてしまったけれど、とっても温かい家庭で育てられてるっていうのは、風の噂で聞いたの。あたしが知ってるのはここまで」
「……あなたは、今彼女がどうしているのか知りたいですか?」
「そうね。知りたい。でも、あの子が幸せならそれでいい」
「会いたくはないんですか?」
「会いたいわ。そして、できることなら会って話をして謝りたい」
「? 謝る必要はないと思います」
「どうして? 母親のあたしは、あの子を捨てたようなものよ」
「そうですね。それは本当に酷いことだと思います」
途中でトーマが「ちょっと」と口を挟むが、葵はそれを無視して続けた。
「もし本当に捨てたなら、あなたは酷い人だ。でも実際そうではないですし、あなたは少なくとも酷い人ではありません。わたしは、あなたに感謝していますよ?」
「……あたしに感謝を?」
「はい。……キサちゃんを産んでくれてありがとう。キサちゃんと出会わせてくれてありがとう。キサちゃんのことを、今でもずっと思っていてくれて、ありがとう。あなたが産んだ子は、桜庭紀紗という名前で、今まで幸せに暮らしていました」
「……そう。 桜庭紀紗ちゃんっていうのね」
「でも彼女は明日、桜庭から桐生になります」
彼女は葵のその先の言葉を、じっと待っていた。
「あなたもよくご存じのはずです。桐生家が血を何よりも大切にしていることを。元本家のあなたの血を次ぐキサちゃんと、ここにいるトーマさんの婚姻が明日、行われます」
「……そう」
「彼女の姿がひと目見たければ明日、11時にこちらのホテルまで来てください。……でも」
「でも、その式はぶち壊しになるんでしょう?」



