その場の誰もが、断ると思っていなかったのだろう。
全員の視線が――バッ! と集中し、葵はその勢いに少し戦いた。
「……ふむ。理由を聞かせてもらってもいいかな。ちなみにだけど、授業に出なくても成績落ちちゃっても、生徒会の仕事をきちんとしていれば、来年進学する時のSクラスはほぼ確定だよ?」
「(マジっすか!? それは非常に有り難いんだが……)」
それでも、と。葵は姿勢を正し、真っ直ぐ理事長を見据えた。
「はい。こうやってたくさんの生徒の中から選ばれたこと、とても嬉しく思っています。ですが……」
そして、目線を下げた膝の上で、きゅっと手を握る。
「わたしは、毎日きちんと授業を受けた上試験を頑張るからこそ、Sクラスというご褒美がもらえるものだと、そう思っています。それに、わたしは特別扱いして欲しいわけではなく、普通にここの一生徒として過ごしていきたいんです。本当に、申し訳ありません」
とか言ってみたけれど。
「(いやー! めちゃくちゃいい物件! ほぼ無条件でSクラスとか! 正直喉から手が出るほど欲しい! ……でも、こう当たり障りなく言っておけば事情を知っている理事長は理解してくださるはず)」
脳内では、それは魅力的な案件にだいぶ葛藤していたのだった。
「理事長。あと菊。道明寺さんと話したいことがあるから、少し席を外してもらっていいか」
その声に、下げていた頭が思わず上がる。
「(なっ、なんだと?!)」
けれど上げた先にいたのは、今まで目を閉じていて話を聞いているのかすらもわからなかった人。
そう言葉を発しながら、気怠そうに開いたその瞳には。
“――逃がさない”
そう意思が込められている気がして、その綺麗すぎる灰色から葵は、逃げることができなかった。



