それから話を詰めていくと、あっという間に夜に。明日は「どうせなら観光してくれば?」と誘ってもらったが、やることがあった葵は遠慮しておくことにした。
風呂をいただいた葵は、縁側に座って月を見上げる。すると横へ、誰かが座った。キサの父、サツキだった。
「この間は、怒ってくれてありがとう」
葵は目が点になった。
この人は大人だ。子どもに怒られ気付かされ、逆に怒られても仕方がないと思っていた。
……でも、ちゃんと届いていたんだ。
「ふふ。どういたしまして!」
――なら、こう答えるしかないだろう。
それ静かに笑い返してくれた彼は、「そういえば」と話を切り替えた。
「明日千風くんと菊は観光するって言ってたけど、葵ちゃんはよかったの? 二人とも、断られたーって残念がっていたよ?」
「わたしはちょっとやりたいことがあったので別行動で。チカくんは新入生ですし、先生は……まあ、気晴らしにでもなれば」
「緊張してるだろうからね」
「ふふっ、そうですね」
「それで? 葵ちゃんは何の用事なの? どこか行くなら案内するよ?」
「わ、わたしも観光のようなものですけど、ちょっと目的がありまして」
「そう。どこに行くのかな?」
「……時間が取れれば、一度トーマさんに会って当日の動きをきちんと把握しておきたいなと思いました」
う、嘘は言ってないぞっ!
「そっか。じゃあ、そういうことにしておこうね」
どうやら、娘に対しては周りが見えないほど動揺していただけで、本当は彼も、ちゃんと“見えている人”だったのだ。
「サツキさん。あと……アカリさん?」
そう言うと、曲がり角から名前を呼ばれた彼女はひょっこりと現れる。顔を出した彼女は、なんだか楽しそうだ。
「わたしがこれからしようとしていることは、大変失礼なことだと承知しています。それでもわたしは、止めようとは思いません」
「だから」と、葵は短く息を吸う。
「わたしを明日行かせてくれること。何も言わないでいてくれること。本当に感謝しています。でも、こんな形であなた方に酷いことをしてしまうこと。……本当に、本当にごめんなさい」
葵は深く深く頭を下げた。するとすかさず、上からハッキリとした声が降ってくる。
「例え君が何をしようとも、俺たちは君を責めたりはしないよ。ここまで踏み込んでくれた君がすることを、俺たちはしっかり見守っていることにするね。まあ? 何があっても俺たちは家族だから。負ける気はさらさらないけど。ねー母さん?」
「もちろん。何かあれば、あたしたちの連絡先を渡しなさいね」
すごく綺麗な笑顔だった。強気で、それでいてやわらかい瞳。
葵はもう一度深く頭を下げて、お礼を言った。
月が、静かに見守ってくれているような気がした。



