すべてはあの花のために①


 その後、あいつは何も言わなかった。
 あいつを送り届けてから、また普段通りの生活が始まり、オレは教育学部がある国公立大学に無事に合格。


「(よし。あいつに報告でもしに行くかねー)」


 思い立ったが吉日。合格が決まったその日に、あいつに報告しに行った。

 わくわくした気持ちで、玄関の扉を叩く。
 この後、そんな気分が一気にどん底に落ちるとも知らずに。



「あたし、杜真と結婚する」


 みんないるだろうと、居間への扉を開けた瞬間。キサの声で、そんなことをほざいた奴がいた。


「(…………は?)」


 声が、出なかった。


「(な、んで……)」


 言ったのが、紛れもなくキサ本人だったから。

 キサの父ちゃん母ちゃんは、動揺しすぎてそもそもオレが入ってきたことに気付かない。あいつを説得する声が、遠くで聞こえる。

 オレは、自分の意識がどんどん闇の中へ沈んでいっているのを一人、感じていた。



 あいつへの説得も報告も何もできないまま、オレは亡霊のようにその場から立ち去った。どうやって帰ったかはわからない。


 それからしばらく経って、あいつらは婚約者同士になり、あいつが高校を卒業したら結婚することを知った。

 どうしてそんなことになったのか、父ちゃんと母ちゃんに後から詳しく聞いた。卒業式なんか覚えていない。あんなことがあって、毎日考えるのはそのことばかりだ。


 そしてトーマは、トーマが小学校卒業と同時に、桐生本家へ連れ戻された。



「菊」


 そんな状況に心境。合格した大学にも、行く気は更々起きなかった。家に閉じ篭ったり。むしゃくしゃした時は喧嘩したり。
 あの頃を知る人は、こう言うだろう。


「荒れてるなあ菊」

「……またあんたかよ」


 ただ、荒れていた、と。
 でも、そんなオレをあの人が救ってくれたんだ。


「このままでいいのか」


 遣る瀬ない思いは、目の前にいるこの人まで、殴ってしまいそうになった。
 けれど反対に、違うやるさなさが後悔が頭を過ぎる。

 あの時、ちゃんとあいつの気持ちに答えてたら、今とは何かが違っていたのだろうかと。

 この頃理事長になったばかりのあの人が、オレに何て言ったか。ハッキリとは思い出せない。


『私の学校で先生をしてみないか――?』


 ただ、そんなふざけたことを言ってきたような気はする。すげー腹立ったから。
 だから、本気で殴ってやろうとしたんだけれど。


『後悔しているなら、やり直しなさい』


 そんなふうに、やさしくそっと諭したかと思ったら。


『それができないなら、ちゃんとそばで見て、自分がしたことを苦しめばいい』


 と、まるで喧嘩を売るように言ってきたんだ。
 一瞬、意味を理解するまでに時間がかかる。でも、わかったんだ。

 ああ、この人は全部知ってるんだなって。
 だからオレは、それからちゃんと大学に行った。教員免許も、取ってやった。


「行ってやろうじゃねーの」


 売られた喧嘩を、存分に買った。
 ああ、行くよ。あんたの学校に。あいつが通う、学校に。


「それで――」


 ――ちゃんと、そばにいてやろうじゃねーの。
 後悔なんて、やり直そうとしてももう遅い。あいつは変わらない。強情な奴だからな。

 だからこれは、自分の罰として。


「(さよならするその時まで)」


 お前のそばにいてやるよ。キサ。