その後、あいつは何も言わなかった。
あいつを送り届けてから、また普段通りの生活が始まり、オレは教育学部がある国公立大学に無事に合格。
「(よし。あいつに報告でもしに行くかねー)」
思い立ったが吉日。合格が決まったその日に、あいつに報告しに行った。
わくわくした気持ちで、玄関の扉を叩く。
この後、そんな気分が一気にどん底に落ちるとも知らずに。
「あたし、杜真と結婚する」
みんないるだろうと、居間への扉を開けた瞬間。キサの声で、そんなことをほざいた奴がいた。
「(…………は?)」
声が、出なかった。
「(な、んで……)」
言ったのが、紛れもなくキサ本人だったから。
キサの父ちゃん母ちゃんは、動揺しすぎてそもそもオレが入ってきたことに気付かない。あいつを説得する声が、遠くで聞こえる。
オレは、自分の意識がどんどん闇の中へ沈んでいっているのを一人、感じていた。
あいつへの説得も報告も何もできないまま、オレは亡霊のようにその場から立ち去った。どうやって帰ったかはわからない。
それからしばらく経って、あいつらは婚約者同士になり、あいつが高校を卒業したら結婚することを知った。
どうしてそんなことになったのか、父ちゃんと母ちゃんに後から詳しく聞いた。卒業式なんか覚えていない。あんなことがあって、毎日考えるのはそのことばかりだ。
そしてトーマは、トーマが小学校卒業と同時に、桐生本家へ連れ戻された。
「菊」
そんな状況に心境。合格した大学にも、行く気は更々起きなかった。家に閉じ篭ったり。むしゃくしゃした時は喧嘩したり。
あの頃を知る人は、こう言うだろう。
「荒れてるなあ菊」
「……またあんたかよ」
ただ、荒れていた、と。
でも、そんなオレをあの人が救ってくれたんだ。
「このままでいいのか」
遣る瀬ない思いは、目の前にいるこの人まで、殴ってしまいそうになった。
けれど反対に、違うやるさなさが後悔が頭を過ぎる。
あの時、ちゃんとあいつの気持ちに答えてたら、今とは何かが違っていたのだろうかと。
この頃理事長になったばかりのあの人が、オレに何て言ったか。ハッキリとは思い出せない。
『私の学校で先生をしてみないか――?』
ただ、そんなふざけたことを言ってきたような気はする。すげー腹立ったから。
だから、本気で殴ってやろうとしたんだけれど。
『後悔しているなら、やり直しなさい』
そんなふうに、やさしくそっと諭したかと思ったら。
『それができないなら、ちゃんとそばで見て、自分がしたことを苦しめばいい』
と、まるで喧嘩を売るように言ってきたんだ。
一瞬、意味を理解するまでに時間がかかる。でも、わかったんだ。
ああ、この人は全部知ってるんだなって。
だからオレは、それからちゃんと大学に行った。教員免許も、取ってやった。
「行ってやろうじゃねーの」
売られた喧嘩を、存分に買った。
ああ、行くよ。あんたの学校に。あいつが通う、学校に。
「それで――」
――ちゃんと、そばにいてやろうじゃねーの。
後悔なんて、やり直そうとしてももう遅い。あいつは変わらない。強情な奴だからな。
だからこれは、自分の罰として。
「(さよならするその時まで)」
お前のそばにいてやるよ。キサ。



