両親が死んでからは、母親の両親に引き取られた。何でもオレを産む時に一悶着あったらしく、その時に一度縁は切られていたらしい。一応は母の子どもだからか、それとも父のことが余程嫌いだったのか、詳細は知らないが。
「菊、一緒に暮らさないか?」
あいつの父ちゃんと母ちゃんがそう提案してくれたけれど、オレは良くしてくれたこの人たちにだけは、迷惑をかけたくなかった。
「大丈夫だって。義務教育の間だけだからさー」
中学を卒業するまでの辛抱。高校からは一人暮らしをしようと以前から考えてはいたから。
けれど、そんな人たちと一緒に暮らしてると、居心地や気分は悪いばかりで、学校帰りは遅くまで家に居座らせてもらっていた。
「きくちゃん! なにしてあそぶー?」
そんなオレに、あいつは何も聞かずにそんなこと言ってくるから、オレの気はそれで十分紛れてた。
だからさ、オレは大丈夫だったんだ。オレは。
「キサが、部屋から出てこなくなったって……」
受験生に、深刻な顔して何を相談してくるのかと思えば。
最初はほっとけば出てくると思っていた。けれど、なかなか出てこない。ご飯もろくに食べなくなった。そんなこと聞いたら、ほっとけるわけがなかった。
「(……ま。大体の予想は付いてるけど)」
足早にあいつの部屋へと向かう。つい勢いで来たが、振り返ってみれば、壁の向こう側には期待の眼差しでこっちを見ている父ちゃん母ちゃん。失敗は、許されなかった。
「なあキサー」
ふとオレはあることを思い付いた。声をかけてみるが、もちろん返事はない。
失敗したら恥ずかし過ぎると思いつつ、オレはあいつが最近はまっているものを思い出しながら、扉に向かってこう言ってみる。
「今な、お前の父ちゃんと母ちゃんが、悪の結社『ザ・ザンギョー』に襲われて」
にしても、今時のヒーロー戦隊って……名付け親誰だよ。そろそろネタ切れか? “残業”なんて、働いてる人たちみんなの敵だっつーの。
まあ、小2にもなってこれにはまってるこいつもどうかと思うけど。
「それで今、お前の部屋の前に――」
――来ようとしているんだと、言おうと思った瞬間中から飛び出してきたあいつは、そのヒーローが使うのであろうおもちゃの携帯電話を持っていた。てっきり、それで変身するのかと思ったら――
「もしもし、けいさつですか? いま、おそわれそうになってるんです! たすけてくだちゃい!」
「(……いや、思いっきり噛んでるし)」
それが終わったあいつは、あれ? って顔をしている。そりゃそうだ。そんなもん、端からいねーよ。
「……お前の部屋に来ようとしてたんだけどな? オレがぶっ飛ばしてやったわ。お前の父ちゃん母ちゃんも助けてやったから無事だぞー」
作戦は大成功。すっかり騙されて部屋から出てきたこいつに、ニヤリとオレは笑っていたけれど。
「――! あ、ありがとお! きくちゃんは、せいぎのヒーローだあ!」
「(……マジか)」
なんて言いながら無垢な笑顔を向けてくるもんだから、すっかり油断してオレは、その笑顔につい見惚れてしまっていた。小2相手に。



