――今年の春。
婚姻はあの子が高校を卒業するまで待つつもりだったはずなのに、急に本家が時期を早めてきた。
『春に18になる杜真くんと、初夏に17になる紀紗には誓いを立ててもらう』
何かの間違いだと思いたかった。せめてあの子には、高校を無事に卒業して欲しいと思っていたから。
けれど、本家たちはそれを許さなかった。あの子が菊を好いていること、そして菊が、教師であると同時にあの子のことを思っていることを、どこからか聞きつけたようだった。
「学生に手を出せない間に、既成事実を作ろうとしたんじゃないかってさ」
しょうもない噂話を桐生から聞いた。だから、杜真くんが結婚ができる歳になったと同時に結婚をさせようと、無理に計画を進めたそうだ。
今考えれば、もう全てが有り得ない。本当にふざけてるし、馬鹿馬鹿しいし、腹立たしい。
自分たちの利益のために子どもたちを利用しようとしていることに。
そして何よりも、何もできない自分自身に。
* * *
「これが、俺らの家の事情。それで、今から話すことは、俺の予想……想像かな」
まず紀紗は、俺たちや杜真くんの家族を本家に人質に脅された。同じく杜真くんも、彼の家族と俺たちを人質に脅された。
紀紗も杜真くんも、俺たちのことを好いていてくれたから、本家の命令に背けなかった。杜真くんの場合、紀紗から説得をされているかも知れないけれど。
そして、紀紗とは血が繋がっていないこと。紀紗が俺たちを大好きだってこと。幼馴染みが大事だってこと。それから、紀紗が自分の信念を曲げないこと。女王様が、本当は誰よりもみんなのことを思っていること。
「これらを知っている千風くんと菊は紀紗を止めることができなかった。……それでも、君は頑張ってくれた。彼らに俺らに、そして紀紗に、踏み込んでくれた。だから、最初にも言ったけど本当にありがとう。止められなかったこいつらをここまで動かしてくれて嬉しいよ。俺はあの子に、何もしてやれなかったから」
葵は何も言わない。ただ俯いていて、肩を微かに震わせているだけだ。
「(ああ、泣かせてしまったか)」
キサ父は、葵にティッシュの箱を差し出す。けれど、葵の手は一切伸びてはこなかった。
どうしたんだろうと首を傾げていたら、「やばっ」と声が上がる。
それにもどうしたのだろうと思っていたら、急に葵は俯いていた顔を上げた。
「お父様」
「は、はいっ」
葵は、泣いてなどいなかった。
その代わり、途轍もなく怒っていたのだ。



