「本家が、血を引いているあの子を連れ戻そうとしてる」
桐生からそう聞いたのは、まだあの子がやっと小学校高学年になった頃だ。
そんなことは絶対させない。この子は、絶対手放さない。そう、思っていたけれど。どうやら桜庭の本家も一枚噛んでいるらしく、本家同士は勝手に話を進め始めていた。
しかし、桐生の本家は、血を継いではいても誰の子かもわからないようなあの子を、そのまま本家に置いておくのは嫌がった。そこで、分家であり幼馴染みだった杜真くんに、白羽の矢が立った。
そして、彼らの婚姻計画が着実に進められ、あの子たちを【婚約者】という鎖で縛り付けた。
もちろん、反対しようとした。
けれど、あの子の素性をバラすと脅された挙げ句、小さな子どもたちまで人質に取られた。
「これ以上楯突くようでしたら、我々も何をするかわかりませんねえ」
あの子は、やさしい子だ。もしそんなことになったら、誰よりも傷付いてしまうだろう。心を許せる三人にだけ、自分の話をしたあの子の幼い心を守りたかった。
それだけじゃない。すでにもう『あの子をうちの家族にしたい』という我儘を聞いてもらっていた。婿養子の立場で、本家の人たちにこれ以上逆らうことなどできなかった。
さて、いつあの子にこのことを話そうか。
そう思っていたある日、突然あの子の方から、杜真くんと結婚すると言い出した。
どうしてそんなこと言い出したのか、あの子は何も言わなかった。恐らく桜庭の本家から何か言われたのだろう。いくら説得しても聞く耳を持たず、加えて杜真くんも同じ時に同じことを言ってきたそうで、彼も折れなかったそうだ。
あの子たちに何を言ったのか。あの子たちは何を言われたのか。
何もわからないまま時は過ぎた。
杜真くんと結婚すると言い出したのは、あの子がまだ、小学校を卒業する年にもなっていなかった。
それでもどうやらあの子は、変わらず菊のことが大好きみたいだった。だから、少しでも何かしてあげられないかと思っていた。
……けれど、そんな思いも虚しく、一番訪れて欲しくなかった最悪なことが起こる。



