「紀紗」
「――!」
名前を呼ばれて、ハッと目を開ける。ああ、夢か。
「悪い、寝てた?」
「寝てたというか。目を瞑っていたというか」
「いい加減ちゃんと寝ろよ。あと飯も。頼むからまともなもん口に入れて」
「ねえ、杜真」
もう一人の幼馴染み――桐生 杜真 は、不思議そうな顔で「ん?」と首を傾げた。
「さっき少しだけ、昔のこと思い出してたの」
「忘れろ忘れろ」
まだ何も言ってないのに。けれど、心当たりがあるのか彼はそう言って、さっさと打ち合わせしてきたという結婚式と披露宴について話を切り替えた。
「んで、これが当日お前が着るドレスな。ま、一応似合いそうなの選んどいたから。サイズも多分いけるだろ」
「え。ウエスト細っ。入る気しないんだけど」
「大丈夫じゃね? ま、今の調子なら、もっと細いのにしといてもよかったかもな」
「杜真……」
「あ、でも悪いな。これが一番小せえヤツだから、乳はそれ以上落とすなよ。まあ落ちるもんもねえか」
バッと両腕を顔を前に持ってきて防御の体勢に入るトーマだったけれど。
「……取り敢えず、なんか食おうぜ。何食いたい?」
攻撃を仕掛けることすらしなかったあたしの頭をぽんぽんと撫でて、静かに部屋から出て行った。
左手の中指に、握るように触れる。
「……目印。……っ、あたし、ちゃんと付けてるよ、きくちゃん……っ」
もう、流れることはないと思ってた涙。
それと一緒に、やさしいヒーローへの愚痴をあたしは、何度も何度も落としていた――。



