いきなり、何を言い出すのかと思ったら。
「(わたしが、やさしい?)」
怪訝な表情になる葵。それでも、アキラの表情は変わらない。
「わたしの、どこが……」
「葵はやさしいよ。やさし過ぎる」
――お前はやさしいから。
彼の声が、シントの言葉と重なって聞こえてくる。……けれど、そうではない。そうではないんだ。
「(だって、わたしは……)」
ただ自分のために、こんなことをしているだけなのだから。
「だって、葵はわざとあんな言い方したんだろ?」
ああ。そうか。彼は、気付いていたのか。
「紀紗が途中からおかしくなったのは、俺も気付いてた。でも、聞けなかった。俺がすべきではないと思ったから」
「だから動かなかった」と、そう言うアキラ。
「だから」と彼は続ける。
「だから、嫌われ役を買ってまであいつらが話せる機会を作ってくれて、ありがとう」
彼も彼女を心配してる一人なんだろう。けれど踏み込んではいけないと思っているのか、そんなことを言う。
「……アキラくん」
「ん?」
しばらくしてから名前を呼ばれたアキラは、どうしたのかと顔を上げると――ぱちんっ。
一瞬、何が起こったのか、アキラはわからなかった。
左の頬がわずかに痛んだのか、彼は少しだけ顔をゆがめながら、何度か瞬きをする。
「それについては、どういたしまして。でも、わたしは今のアキラくんにすごく腹が立ってしまった。だからビンタした。何故だかわかる?」
「…………」
「あのね。わたしはチカくんがキサちゃんのことで悩んでるって知ったから、今回はちょっとキツい言い方したけど話せる機会を作った。でもね、アキラくんも心配してるんでしょ? そうなんでしょ? アキラくんだけじゃないよね? キサちゃんたちのことを心配してるのは恐らくみんなだ。それなのに、……俺は聞けなかった? すべきじゃなかった? ――っ、そうじゃないだろ!」
葵は一回息を思いっきり吸ってから――――
「確かにチカくんは心配で心配でしょうがないのかもしれない。でも、心配するのに一番も二番もないだろ! だからわたしは今、アキラくんに途轍もないほど怒ってる! 心配なら譲るとかするなバカ!」
葵はアキラの胸に、どんっと拳を突き立てた。
「わかったか。アキラくん」
「………………ふっ」
ビンタした衝撃で頭がおかしくなったのか。アキラはふっと息を洩らした後、葵の机に突っ伏し肩を揺らして「ははは」と声を上げながら笑い始めた。
「……アキラくんが壊れた」
「いや悪い。……俺は、何しに来たんだっけと、思っていたんだ」
「うん?」
「俺は確か、お前が紀紗に言い過ぎたと思って落ち込んでるんだと、そう思っていたんだけどな」
「だから来たんだ」と今度はハッキリ言われた。
やっぱりそうだったのか。でも。
「でも、一個ゴリラ食べたら元気になったよ?」
「一個だけで?」
また彼は笑い出す。
どうしたと言うんだ。今日の彼はよく喋るし、よく笑う。
「俺は別に、葵に励まして欲しくてきたわけじゃないのに、なんでこんな、スッキリしてるんだろうな」
「ははは」と、彼は笑っている。
おかしいな。別に励ますつもりは全然なかったと言うのに。寧ろ、ビンタしたことに関して怒られると思ってた。



