すべてはあの花のために①


 いきなり、何を言い出すのかと思ったら。


「(わたしが、やさしい?)」


 怪訝な表情になる葵。それでも、アキラの表情は変わらない。


「わたしの、どこが……」

「葵はやさしいよ。やさし過ぎる」


 ――お前はやさしいから。

 彼の声が、シントの言葉と重なって聞こえてくる。……けれど、そうではない。そうではないんだ。


「(だって、わたしは……)」


 ただ自分のために、こんなことをしているだけなのだから。



「だって、葵はわざとあんな言い方したんだろ?」


 ああ。そうか。彼は、気付いていたのか。


「紀紗が途中からおかしくなったのは、俺も気付いてた。でも、聞けなかった。俺がすべきではないと思ったから」


「だから動かなかった」と、そう言うアキラ。
「だから」と彼は続ける。


「だから、嫌われ役を買ってまであいつらが話せる機会を作ってくれて、ありがとう」


 彼も彼女を心配してる一人なんだろう。けれど踏み込んではいけないと思っているのか、そんなことを言う。


「……アキラくん」

「ん?」


 しばらくしてから名前を呼ばれたアキラは、どうしたのかと顔を上げると――ぱちんっ。

 一瞬、何が起こったのか、アキラはわからなかった。
 左の頬がわずかに痛んだのか、彼は少しだけ顔をゆがめながら、何度か瞬きをする。


「それについては、どういたしまして。でも、わたしは今のアキラくんにすごく腹が立ってしまった。だからビンタした。何故だかわかる?」

「…………」

「あのね。わたしはチカくんがキサちゃんのことで悩んでるって知ったから、今回はちょっとキツい言い方したけど話せる機会を作った。でもね、アキラくんも心配してるんでしょ? そうなんでしょ? アキラくんだけじゃないよね? キサちゃんたちのことを心配してるのは恐らくみんなだ。それなのに、……俺は聞けなかった? すべきじゃなかった? ――っ、そうじゃないだろ!」


 葵は一回息を思いっきり吸ってから――――


「確かにチカくんは心配で心配でしょうがないのかもしれない。でも、心配するのに一番も二番もないだろ! だからわたしは今、アキラくんに途轍もないほど怒ってる! 心配なら譲るとかするなバカ!」


 葵はアキラの胸に、どんっと拳を突き立てた。


「わかったか。アキラくん」

「………………ふっ」


 ビンタした衝撃で頭がおかしくなったのか。アキラはふっと息を洩らした後、葵の机に突っ伏し肩を揺らして「ははは」と声を上げながら笑い始めた。


「……アキラくんが壊れた」

「いや悪い。……俺は、何しに来たんだっけと、思っていたんだ」

「うん?」

「俺は確か、お前が紀紗に言い過ぎたと思って落ち込んでるんだと、そう思っていたんだけどな」


「だから来たんだ」と今度はハッキリ言われた。
 やっぱりそうだったのか。でも。


「でも、一個ゴリラ食べたら元気になったよ?」

「一個だけで?」


 また彼は笑い出す。
 どうしたと言うんだ。今日の彼はよく喋るし、よく笑う。


「俺は別に、葵に励まして欲しくてきたわけじゃないのに、なんでこんな、スッキリしてるんだろうな」


「ははは」と、彼は笑っている。

 おかしいな。別に励ますつもりは全然なかったと言うのに。寧ろ、ビンタしたことに関して怒られると思ってた。