七番目の鏡子さんと招き猫

奈乃花さんが違和感を感じたのは、練習をしている時だった。

「私、いっつも注目を浴びているじゃない?」

 階段下でくすぶっているわたしに対する嫌味か。
 いや、違う。奈乃花さんは、学園で注目の美女。それが、奈乃花さんの日常なのだ。
 奈乃花さんからすれば、私のような誰の注目も浴びずに階段下の謎の空間にくすぶっている人生の方が不思議なのだ。

「はあ……で?」
「演劇部の公演でも、毎回、全席満員。何だったら、リハーサルにも忍び込んで観覧しようとする輩が出るしまつ」
「はあ……」

 この話に「はあ……」以外の返しは私は見つけられない。
 怪異の話に移らないで、自慢話なのだったら、そろそろお開きにして、帰りにタコ焼きでも買って帰りたいのだけれど……だめかな?

「本題入りなよ」

 田沼君が、促してくれる。

「そう……で、最近、それが変なのよ」
「変?」
「そう。減ったのよ、観客が」
「それは、その……人気が単純に下がったとか、そういうことじゃないんですか?」

 そうよ。どんなに人気の芸能人やインフルエンサーだって、人気がずっと高いわけではない。時代の流れや、本人の体調など、色々な理由で人気は上下するはずだ。
 いくら学園一の美女と名高い奈乃花さんだっていっても、その辺は、逃れられない真理ではないのだろうか。

「いいえ! それは無いわ!」

 断言された。
 え、そこって断言できちゃうものなの?
 普通なら、「今回の演技、ウケなかったかな?」とか、迷うものではないのだろうか?

「だって、一番人気の『オペラ座の怪人』をやったのよ? しかも、この間、主演女優賞を受賞した直後! これほどの条件で、観客が離れるなんてありえないもの!」

 聞いたことがある。
 学園の演劇部で代々大切にされている演目である『オペラ座の怪人』。現在は、人気作家になっているOBが脚本を書き、それが、演劇部に受け継がれているのだそうだ。
 私達の年代に合わせた言葉と設定で繰り広げられる『オペラ座の怪人』は、奈乃花先輩が演じるまでもなく人気の演目だ。

 美しい歌姫に恋をしたのは、オペラ座に住む謎の男。ヒロインは、この謎の男を『音楽の天使』と呼び、その指導でオペラ座一の歌姫となる。歌姫への執着から怪人はヒロインを誘拐するが、ヒロインの清らかな心に胸打たれて怪人はヒロインを開放してくれる。
 そんな話だったと思う。
 
 ファントム役は、誰だったのだろう。
 学園で人気の男子が、ファントムの仮面を被って出てくるのも、見所の一つだ。
 あ、ひょっとして、その男の子の演技がイマイチだったとかじゃない?
 だって、演劇って、一人でやるものじゃないでしょ? いくら奈乃花さんが一人で頑張っても、相手役がイマイチなら……

「せっかく生徒会長の中条院紅羽を口説き落として、ファントムに抜擢したのに!」

 そうなんだ……じゃあ、相手役が原因ってわけでもないか。
 だって、紅羽は、ああ見えても学園の人気者だ。わたしのオカルト研究部にとっては、憎い敵でしかないけれども、面倒見がよくてイケメン。秀才、スポーツ万能。どこの異世界から転生してきたの? って聞きたくなるくらいのチート能力なのだ。
 その紅羽が舞台に立つのに、空席があるって、それは確かに変だ。

「だから、絶対に怪異の仕業だと思うの!」

 奈乃花さんは、力説した。