がっつり紅羽に怒られた。小一時間も生徒会室で説教された。和室の天井の補修代を請求された!
 オカルト研究部と囲碁将棋部で天井補修代を支払えって、どんだけブラックなのか!
 このっ! 紅羽め!
 わたしが、どんだけ頑張って怪異を鎮めたと思っているのだ。
 
 悔しくって私はバンバンと机をぶっ叩く。
 ここは、階段下の『オカルト研究部』部室。
 机ならいくらでもある。何せ、教室で余った机は、どんどんここに積み上げられているのだから。

「まぁまぁ、囲碁将棋部がほとんどの弁償金を払ってあげたんだから、そんなに怒らないで。うるさいよ」

 田沼君が、囲碁の本を読みながら、荒ぶるわたしをいさめる。

「あざます!」

 そう、オカルト研究部には、部費なんて存在しない。天井補修費のほとんどが、結局、囲碁将棋部からの支出となり、残りはオカルト研究部の借金となったのだ。
 いいの? 大切な部費でしょ? 
 そういう私に、田沼君は、
「いいよ。どうせ部員も僕一人だし」と、答えた。

 そう。囲碁将棋部は、田沼君一人になり、天井崩落により部室を失い、今はこの階段下『オカルト研究部』に入り浸っているのだ。

「しかし、残りの借金はどうするか……」

 収入のあてなんてない。
 
「た、田沼君? またどこかの大会で優勝して……」
「無理! しばらくは生徒会が認めてくれるような大きな大会なんてないし」

 くっ! 残念だ。

「こうなれば、ミタマちゃんが取り憑いているこの招き猫を古物商にでも売って!」
「にゃんて酷いことを言うにゃ! それよりも、ほら、彩音、お客さんだ」

 ポフポフとミタマちゃんが、私の頭を肉球でたたいてうながす。見れば、男の子が立っている。

 古い制服を着た少年の体は透けている。

「わ、幽霊?」
「残留思念にゃ!」
「ざんりゅうしねん?」
「そうにゃ、悔しいとか悲しいとか恋しいとか……ともかく、そんな強い想いが固まったものじゃな」
「なんで、今ここに?」
「あの和室にいた怪異にゃ! あの怪異に取り込まれていたモノにゃ」

 はぁ……。わかったような、分からなかったような……。

 スッと音もなく近づいて来た少年は、私の中にそのまま入ってくる。

 気づいた時には、わたしは、少年の夢を観ていた。
 
 体の弱い少年は、毎日、囲碁将棋部の部室で、一人で囲碁の本を読み練習していた。
 弱くって、強豪である他のメンバーは、少年を相手にしてくれなかった。
 それでも、囲碁が大好きで楽しくて、少年は、毎日勉強していた。

 だが、ある時転機が訪れた。
 その真面目さを顧問に認められて、少年は大会に出られることになった。
 すごくワクワクしていた気持ちが、わたしにも伝わる。

 なのに……。その大切な大会に、少年は負けたのだ。しかも、相手の卑怯な手に負けて。
 少年の相手は、大人の有段者と結託して、次にどこに打つのかを暗号でアドバイスをもらっていたのだ。

 そのことに気づいたのは、大会が終わってから。
 少年は、悔しくってたまらなかった。
 ちゃんと勝負したかった……。
 そして、心折れてしまったのだ。
 そこから、部活をサボり囲碁もしなくなった。
 あんなに大好きだったのに。

「僕が悔しかったのは、囲碁を辞めてしまったこと」

 気づけば目の前に立っていた少年は、微笑みながら言った。

「そんな! 悪いのはズルしたヤツでしょ?」

 だって、わたしなら、そんな卑怯なヤツは首根っこ捕まえて、みんなの前で告発してやる。
 一発殴って、「二度と囲碁するな!」て、怒鳴りつけてやりたい。

 わたしの言葉に、少年はゆっくりと首を横に振る。

「僕は結局、自分に負けちゃったんだ。あんなに囲碁が好きだったのに。相手がどうであれ、僕が囲碁を辞める理由にはならなかったはずなのに」
「だって!」
「僕自身のことを他人がどうだからって決めちゃいけなかったんだ」

 長い長い時間の中で、ようやくそれが分かったんだ。

 少年は、そう言って、出て来た時と同じように音も無く消えていった。

 少年が消えた後に、女生徒が立っていた。

「えっと、生きている人?」
「失礼ね。歴とした人間よ!」

 とんでもない美少女。あ、この人、見たことある。
 その整った顔立ち、スッと美しい立ち姿に、学園中が魅了される演劇部の主演女優。橋本奈乃花(はしもとなのか)だ。

「奈乃花? 何しているの?」
「蓮こそ、どうしたのよ」

 田沼君がキョトンとしている。
 意外、学園のマドンナと田沼君は、名前で呼び合うような友達なんだ。

「怪異が出たの。何とかして頂戴!」

 マドンナは、わたしにそう言った。