まだ公演は続いているっていうし、とりあえず、じゃあ観てみよう。
ということで、土曜日。
わたしは、講堂で行われている演劇部の公演を観にきた。
ミタマちゃんの招き猫を膝に乗せて、備え付けの木の椅子に座る。
「確かに……お客様はまばらよね」
本来だったら、後から観劇を決めたわたしなんて立ち見できたらいいところ、それなのに、席はガラガラで、空席が目立つ。
「あ、始まったわ」
奈乃花の歌から始まる舞台は、とても素敵だった。
「俺の心の渦巻く嫉妬の炎が、お前を焼き尽くしてしまわぬうちに……さあ、ここを立ち去るがいい」
不覚にも、紅羽のこのセリフでわたしは大泣きだった。
だって、あんなに主人公の歌姫に尽くしてきたのに、最後は化け物呼ばわりされて、助けに来た幼馴染に歌姫を奪われるのよ?
自らは、罪ある身。そして、仮面で隠した顔の部分には醜い傷跡。仮面のファントム、紅羽の表情は、得られるはずのない幸せへの憧れ、歌姫の幼馴染への嫉妬、歌姫への恋心で、とても切なかった。
「ほら……怪異探すんでしょ?」
ミタマちゃんに声を掛けられるまで、私は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、舞台に魅入っていた。
「そうだった。ええっと……これだけすごい舞台なんだったら、やっぱり怪異の仕業よね?」
観客のいない客席を見渡して、私はミタマちゃんに尋ねる。
「たぶんにゃ。でも、どこだろう……」
「紅羽の後ろにいるお姉さんじゃないの?」
本日も紅羽の後ろには、元気にフヨフヨと鬼強怪異のお姉さんが浮かんでいる。
心なしか、私が初めて紅羽の後ろにあのお姉さん怪異を見つけた時よりも、色が濃くなっている気がするが、どうだろう。
もし、あの怪異が、奈乃花さんが依頼してきた、『観客が来ない』という怪奇の原因だったとしたら、これはもうお手上げだ。
私では歯が立たない。
「うーん。違うと思うにゃ。あれは、そんなちっさい仕事はしないと思うにゃ」
「これ、ちっさい仕事なんだ」
怪異の仕事基準は、よく分からないが、ミタマちゃんの見立てでは、これは、あの鬼強怪異の仕業しはないらしい。
「見たところ……舞台の上には、いないにゃ。てか、あの怪異が邪魔して、姿を隠してしまっているにゃ」
ミタマちゃんは、招き猫から本体を抜け出して、トコトコと歩いて猫の姿で辺りをうかがう。
前の観客の頭の上を渡り歩いても、ミタマちゃんは見えないから平気だけれども、私は、観客がまばらとはいえ、ここから歩き回って探すわけにはいかない。だって、こんなに心血注がれた舞台を前にして、ウロウロと歩き回るのは、さすがに失礼だ。
「さあ、行くがいい! 愛しい人よ」
舞台では、紅羽がマントを翻す。
あまりの恰好良さに、観客席の紅羽ファンの口から「きゃ~」と、歓喜の声が漏れる。
すごいな。いや、本当に。
照明は、舞台の上の奈乃花さんと紅羽にスポットライトを浴びせる。
ドロリ……
こんなことってある?
照明が……スポットライトが、歪んでいる。
トロリと溶けて、俳優たちにまとわりついている。
「なんか、急に気分が悪くならない?」
「うん……なんか頭痛がしてきた」
ひそひそと観客が、不調を口にしている。
やっぱり、これだ。これが、怪異だ。
「ミタマちゃん! 照明! 照明に!」
私は、小声でミタマちゃんを呼び、照明を必死で指さす。
だが、舞台は大きな音でクライマックスの音楽が鳴り、私の声を邪魔する。
ミタマちゃんに、私の声が届かない。
ええい、仕方ない!
私は、背を低くして講堂を抜け出し、照明の置いてある二階のギャラリーまで走った。
ということで、土曜日。
わたしは、講堂で行われている演劇部の公演を観にきた。
ミタマちゃんの招き猫を膝に乗せて、備え付けの木の椅子に座る。
「確かに……お客様はまばらよね」
本来だったら、後から観劇を決めたわたしなんて立ち見できたらいいところ、それなのに、席はガラガラで、空席が目立つ。
「あ、始まったわ」
奈乃花の歌から始まる舞台は、とても素敵だった。
「俺の心の渦巻く嫉妬の炎が、お前を焼き尽くしてしまわぬうちに……さあ、ここを立ち去るがいい」
不覚にも、紅羽のこのセリフでわたしは大泣きだった。
だって、あんなに主人公の歌姫に尽くしてきたのに、最後は化け物呼ばわりされて、助けに来た幼馴染に歌姫を奪われるのよ?
自らは、罪ある身。そして、仮面で隠した顔の部分には醜い傷跡。仮面のファントム、紅羽の表情は、得られるはずのない幸せへの憧れ、歌姫の幼馴染への嫉妬、歌姫への恋心で、とても切なかった。
「ほら……怪異探すんでしょ?」
ミタマちゃんに声を掛けられるまで、私は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになりながら、舞台に魅入っていた。
「そうだった。ええっと……これだけすごい舞台なんだったら、やっぱり怪異の仕業よね?」
観客のいない客席を見渡して、私はミタマちゃんに尋ねる。
「たぶんにゃ。でも、どこだろう……」
「紅羽の後ろにいるお姉さんじゃないの?」
本日も紅羽の後ろには、元気にフヨフヨと鬼強怪異のお姉さんが浮かんでいる。
心なしか、私が初めて紅羽の後ろにあのお姉さん怪異を見つけた時よりも、色が濃くなっている気がするが、どうだろう。
もし、あの怪異が、奈乃花さんが依頼してきた、『観客が来ない』という怪奇の原因だったとしたら、これはもうお手上げだ。
私では歯が立たない。
「うーん。違うと思うにゃ。あれは、そんなちっさい仕事はしないと思うにゃ」
「これ、ちっさい仕事なんだ」
怪異の仕事基準は、よく分からないが、ミタマちゃんの見立てでは、これは、あの鬼強怪異の仕業しはないらしい。
「見たところ……舞台の上には、いないにゃ。てか、あの怪異が邪魔して、姿を隠してしまっているにゃ」
ミタマちゃんは、招き猫から本体を抜け出して、トコトコと歩いて猫の姿で辺りをうかがう。
前の観客の頭の上を渡り歩いても、ミタマちゃんは見えないから平気だけれども、私は、観客がまばらとはいえ、ここから歩き回って探すわけにはいかない。だって、こんなに心血注がれた舞台を前にして、ウロウロと歩き回るのは、さすがに失礼だ。
「さあ、行くがいい! 愛しい人よ」
舞台では、紅羽がマントを翻す。
あまりの恰好良さに、観客席の紅羽ファンの口から「きゃ~」と、歓喜の声が漏れる。
すごいな。いや、本当に。
照明は、舞台の上の奈乃花さんと紅羽にスポットライトを浴びせる。
ドロリ……
こんなことってある?
照明が……スポットライトが、歪んでいる。
トロリと溶けて、俳優たちにまとわりついている。
「なんか、急に気分が悪くならない?」
「うん……なんか頭痛がしてきた」
ひそひそと観客が、不調を口にしている。
やっぱり、これだ。これが、怪異だ。
「ミタマちゃん! 照明! 照明に!」
私は、小声でミタマちゃんを呼び、照明を必死で指さす。
だが、舞台は大きな音でクライマックスの音楽が鳴り、私の声を邪魔する。
ミタマちゃんに、私の声が届かない。
ええい、仕方ない!
私は、背を低くして講堂を抜け出し、照明の置いてある二階のギャラリーまで走った。
