何の変哲もない、太めの白い糸を幾重にも巻きつけた木製のボビン。
それを手にしたボクは、眉間にシワを寄せて頭を悩ませていた。
「フツーの糸に見えるんだけどなぁ。」
ボクはこの糸について調べるために、おばあちゃんの家に行くつもりだった。
おばあちゃんが生前に住んでいた家は、ボクの家から電車で1時間くらい。今はお母さんの妹の唯ちゃんが住んでいる。
ボクは唯ちゃんに可愛がられていたから、急に訪ねても歓迎してくれるだろう。
ただ、問題があるとすれば・・・ボク自身だ。
(一年間、まともに家から出ていなかったのに、ひとりで外出?
ムリでしょ。)
家族でショッピングセンターに行ったりするのは、全然平気なんだけどね。
唯ちゃんは平日は仕事をしているから、行くなら土日。
でも、ボクは余計なことを考える性格なんだ。
(もし、電車で同級生に会ったら? )
ちょっと頭に浮かんだだけで、脇から冷たい汗が出ちゃう。
(うーん、どうしよう!)
悩みながら昼に目覚め、夜遅くまで悩み、また昼まで眠る。
それを繰り返すとあっという間に一週間は過ぎてしまって、自分のふがいなさに焦ってしまう。
「早く魔法の糸について調べなきゃなのに。」
今日もぼやきながら昼に起きると、ドアの向こうからバタバタと階段を駆け上がる足音がした。
ボクの部屋に飛びこんできたのは、プラチナ色の髪を振り乱したユウくんだった。
「萌音、おはよー!」
「おそよー。」
「エヘヘ。」
ボクは笑顔が眩しい太陽みたいなユウくんに、自然と顏がほころんだ。
「そんなに急いでどうしたの?」
「あのね、ビッグニュースだよー!」
白い顏をほんのりピンクに上気させたユウくんが、ボクの目の前にスマホのニュースアプリ画面をつき出した。
そこには、しぶんぎ座流星群が注目トピックとして書かれている。
スマホに興味津々のユウくんに「ボクが眠っている間に触ってもいいよ」って言ったのは昨日のことだけど、もう使いこなしているのがスゴイ。
「しぶんぎ座流星群が、今日この丘から見えるんだって!」
「しぶんぎ座って、何?」
そんな星座、あったかな?
ボクは眉間にシワを寄せて、スマホ画面の細かい文字をピンチアウトした。
「へぇ。88星座ではないけど、昔あった星座なんだね。」
ユウくんはベットに腰かけているボクの隣に座り、ちょこんと頭を肩にもたれかけてきた。
(かわいーかよ!)
不意打ちの行動に下唇を噛んで悶えていると、ユウくんはボクを覗きこんだ。
「萌々の絵本で見たよ。流れ星にお願いすると願いが叶うんでしょ?」
「昔からそう言われているね。」
「だったら今夜、この流れ星に萌音のお願いを叶えてもらおうよ!」
「えー!」
ボクは窓の外の雪を見てからユウくんを真面目に諭した。
「この真冬の深夜に? 外で流れ星を待つの? フツーにボク、死んじゃうよ。」
「焚火してーユウくんにくるまってーあったかいスープ飲んでいれば大丈夫だよ。」
「やだよ、ぜったい寒いもん。」
「寒くないってば。ユウくんがいるじゃない。」
ユウくんが手のひらをウチワみたいにしてパタパタすると、ボクの体にロウリュみたいな熱波が来た。
温かいというより暑いくらいだ。
「これなら寒くないかも。」
「やったぁ♡」
ユウくんがあまりにも嬉しそうにしているから、ボクは不思議に思った。
「ユウくんて星が好きなの?」
「萌音ほどじゃないよ。」
「じゃ、どうして急に?」
「だってここ最近、ずっと萌音が悩んでたみたいだから、力になりたかったんだぁ。」
(ああ、ボクのために調べてくれたんだ。)
ボクはユウくんのピュアな優しさにキュンとした。
「じゃあ今夜0時、一緒に流れ星を探しに行こう。」
※
庭で流れ星を見るために重装備のキャンプセットを背負ったボクを、お母さんが寝ぼけた顏で送り出した。
計画を話したときは「冬の真夜中に?」って怪訝な顏をされた。
でも、一年ぶりに外に出る気になったボクを止めるのは良くないと判断したようで「一時間のみ・庭だけ」という条件付きでオッケーが出た。
外気温5℃以下の静かな夜。
スキーウェアの上下に耳当てのついた帽子を被ったボクとフランネルのパジャマにマフラーを巻いただけのユウくんは、仲良く手をつないで外に出た。
ユウくんの手はカイロみたいで、くるまれなくても十分温かさが伝わってくる。
とはいえ、顏が凍てつく寒さには一瞬で外に出たことを後悔した。けど、隣にいるユウくんのウキウキした顏を見ると今さら引き返すわけにも行かない。
うちの山側の庭は一帯が林になっている。
どこまでが家の敷地でどこまでが隣の家の敷地なのか、実はよく分かっていない。
ボクは家が見える場所に1人用のテントをポップアップで拡げた。その中に電熱マットを入れて待機場所を作り、近くにガスストーブを置いて火を点けた。
とりあえず、お湯を沸かして温かい飲み物を作るつもり。
マグカップにコーンスープの素を入れたボクは、ユウくんと一緒にテントに腹ばいに寝そべった。
1人用テントは、2人入るとギチギチだ。
「星がキレイだねぇ。」
目を輝かせて満天の星空を見上げるユウくんの瞳にも、たくさんの星が煌めいて見える。
「寒いから空気が澄んで、小さい星もよく見えるんだね。」
白い息が夜空に立ちのぼる。
ボクもこんなにたくさんの星を見るのは久しぶりだ。
「あ、オリオン座。」
ボクが南の空を指さすと、ユウくんはつられて上を見た。
「なあに、それ?」
「ての反対みたいな星座。周りの星もぜんぶつなげると、勇者とその腰ベルトになるんだよ。
その左がこいぬ座で、その斜め下におおいぬ座もあるの。この3つの星座の星をつなぐと冬の大三角形っていわれてる。」
「しぶんぎ座はどこ?」
「しぶんぎ座はりゅうとヘラクレスとうしかいの間くらいだから、あの木の上あたりかな。」
「スゴい。萌音は小さい頃から星とか神話が好きだったよね。」
ユウくんにそう言われてから、確かにそうだったと思い出した。
あんなに好きだったのに、どうして最近は星を見たりしなかったんだろう。
しばらく星をながめていると、ガスストーブの上に置いたマグカップのコーンスープが白い湯気を立てているのに気がついた。
革手袋を履いてカップを手に取り、フーフーとスープに息をかけてからユウくんにカップを差し出した。
「ユウくんも飲んでみる?」
「人間みたいに食べたり飲んだりしなくても、生きていけるみたいなんだけど・・・飲んでみる。」
ゴクリと喉を鳴らしたユウくんは、覚悟した顏でカップに口をつけた。
「アチチ!」
ビックリしてカップから顔をそむけると、そこらじゅうの雪をかきあつめて口に入れるユウくんに、ボクは思わず声を上げて笑ってしまった。
「へへへ。良かったぁ。」
涙目だけど、満足そうに微笑むユウくん。
「萌音は、笑っているほうが可愛いよ。」
心臓直撃のフレーズに、ボクはロックオンされてしまった。
(き、気まずい!)
照れて空を見上げた瞬間、一筋の流れ星が見えた。
「えっ、今、流れた!」
「ウソ、どこどこ?」
「あの木のあたり・・・アッ!」
指さした白樺の木の上空に、また光の線が細長く見えた。
ボクが目を閉じて手を組むとユウくんも同じようにした。
「・・・。」
しばらくして目を開けると、もうすでにユウくんは目を開いてボクの方を向いていた。
「萌音、お願いできた?」
「ユウくんは? なんてお願いしたの?」
「ヒミツ。」
「ケチ!」
鼻の頭を真っ赤にしたボクを、ユウくんが前からそっとくるんでくれた。
「萌音がね『ずっと僕にくるまってくれますように』ってお願いしたんだ。」
それを手にしたボクは、眉間にシワを寄せて頭を悩ませていた。
「フツーの糸に見えるんだけどなぁ。」
ボクはこの糸について調べるために、おばあちゃんの家に行くつもりだった。
おばあちゃんが生前に住んでいた家は、ボクの家から電車で1時間くらい。今はお母さんの妹の唯ちゃんが住んでいる。
ボクは唯ちゃんに可愛がられていたから、急に訪ねても歓迎してくれるだろう。
ただ、問題があるとすれば・・・ボク自身だ。
(一年間、まともに家から出ていなかったのに、ひとりで外出?
ムリでしょ。)
家族でショッピングセンターに行ったりするのは、全然平気なんだけどね。
唯ちゃんは平日は仕事をしているから、行くなら土日。
でも、ボクは余計なことを考える性格なんだ。
(もし、電車で同級生に会ったら? )
ちょっと頭に浮かんだだけで、脇から冷たい汗が出ちゃう。
(うーん、どうしよう!)
悩みながら昼に目覚め、夜遅くまで悩み、また昼まで眠る。
それを繰り返すとあっという間に一週間は過ぎてしまって、自分のふがいなさに焦ってしまう。
「早く魔法の糸について調べなきゃなのに。」
今日もぼやきながら昼に起きると、ドアの向こうからバタバタと階段を駆け上がる足音がした。
ボクの部屋に飛びこんできたのは、プラチナ色の髪を振り乱したユウくんだった。
「萌音、おはよー!」
「おそよー。」
「エヘヘ。」
ボクは笑顔が眩しい太陽みたいなユウくんに、自然と顏がほころんだ。
「そんなに急いでどうしたの?」
「あのね、ビッグニュースだよー!」
白い顏をほんのりピンクに上気させたユウくんが、ボクの目の前にスマホのニュースアプリ画面をつき出した。
そこには、しぶんぎ座流星群が注目トピックとして書かれている。
スマホに興味津々のユウくんに「ボクが眠っている間に触ってもいいよ」って言ったのは昨日のことだけど、もう使いこなしているのがスゴイ。
「しぶんぎ座流星群が、今日この丘から見えるんだって!」
「しぶんぎ座って、何?」
そんな星座、あったかな?
ボクは眉間にシワを寄せて、スマホ画面の細かい文字をピンチアウトした。
「へぇ。88星座ではないけど、昔あった星座なんだね。」
ユウくんはベットに腰かけているボクの隣に座り、ちょこんと頭を肩にもたれかけてきた。
(かわいーかよ!)
不意打ちの行動に下唇を噛んで悶えていると、ユウくんはボクを覗きこんだ。
「萌々の絵本で見たよ。流れ星にお願いすると願いが叶うんでしょ?」
「昔からそう言われているね。」
「だったら今夜、この流れ星に萌音のお願いを叶えてもらおうよ!」
「えー!」
ボクは窓の外の雪を見てからユウくんを真面目に諭した。
「この真冬の深夜に? 外で流れ星を待つの? フツーにボク、死んじゃうよ。」
「焚火してーユウくんにくるまってーあったかいスープ飲んでいれば大丈夫だよ。」
「やだよ、ぜったい寒いもん。」
「寒くないってば。ユウくんがいるじゃない。」
ユウくんが手のひらをウチワみたいにしてパタパタすると、ボクの体にロウリュみたいな熱波が来た。
温かいというより暑いくらいだ。
「これなら寒くないかも。」
「やったぁ♡」
ユウくんがあまりにも嬉しそうにしているから、ボクは不思議に思った。
「ユウくんて星が好きなの?」
「萌音ほどじゃないよ。」
「じゃ、どうして急に?」
「だってここ最近、ずっと萌音が悩んでたみたいだから、力になりたかったんだぁ。」
(ああ、ボクのために調べてくれたんだ。)
ボクはユウくんのピュアな優しさにキュンとした。
「じゃあ今夜0時、一緒に流れ星を探しに行こう。」
※
庭で流れ星を見るために重装備のキャンプセットを背負ったボクを、お母さんが寝ぼけた顏で送り出した。
計画を話したときは「冬の真夜中に?」って怪訝な顏をされた。
でも、一年ぶりに外に出る気になったボクを止めるのは良くないと判断したようで「一時間のみ・庭だけ」という条件付きでオッケーが出た。
外気温5℃以下の静かな夜。
スキーウェアの上下に耳当てのついた帽子を被ったボクとフランネルのパジャマにマフラーを巻いただけのユウくんは、仲良く手をつないで外に出た。
ユウくんの手はカイロみたいで、くるまれなくても十分温かさが伝わってくる。
とはいえ、顏が凍てつく寒さには一瞬で外に出たことを後悔した。けど、隣にいるユウくんのウキウキした顏を見ると今さら引き返すわけにも行かない。
うちの山側の庭は一帯が林になっている。
どこまでが家の敷地でどこまでが隣の家の敷地なのか、実はよく分かっていない。
ボクは家が見える場所に1人用のテントをポップアップで拡げた。その中に電熱マットを入れて待機場所を作り、近くにガスストーブを置いて火を点けた。
とりあえず、お湯を沸かして温かい飲み物を作るつもり。
マグカップにコーンスープの素を入れたボクは、ユウくんと一緒にテントに腹ばいに寝そべった。
1人用テントは、2人入るとギチギチだ。
「星がキレイだねぇ。」
目を輝かせて満天の星空を見上げるユウくんの瞳にも、たくさんの星が煌めいて見える。
「寒いから空気が澄んで、小さい星もよく見えるんだね。」
白い息が夜空に立ちのぼる。
ボクもこんなにたくさんの星を見るのは久しぶりだ。
「あ、オリオン座。」
ボクが南の空を指さすと、ユウくんはつられて上を見た。
「なあに、それ?」
「ての反対みたいな星座。周りの星もぜんぶつなげると、勇者とその腰ベルトになるんだよ。
その左がこいぬ座で、その斜め下におおいぬ座もあるの。この3つの星座の星をつなぐと冬の大三角形っていわれてる。」
「しぶんぎ座はどこ?」
「しぶんぎ座はりゅうとヘラクレスとうしかいの間くらいだから、あの木の上あたりかな。」
「スゴい。萌音は小さい頃から星とか神話が好きだったよね。」
ユウくんにそう言われてから、確かにそうだったと思い出した。
あんなに好きだったのに、どうして最近は星を見たりしなかったんだろう。
しばらく星をながめていると、ガスストーブの上に置いたマグカップのコーンスープが白い湯気を立てているのに気がついた。
革手袋を履いてカップを手に取り、フーフーとスープに息をかけてからユウくんにカップを差し出した。
「ユウくんも飲んでみる?」
「人間みたいに食べたり飲んだりしなくても、生きていけるみたいなんだけど・・・飲んでみる。」
ゴクリと喉を鳴らしたユウくんは、覚悟した顏でカップに口をつけた。
「アチチ!」
ビックリしてカップから顔をそむけると、そこらじゅうの雪をかきあつめて口に入れるユウくんに、ボクは思わず声を上げて笑ってしまった。
「へへへ。良かったぁ。」
涙目だけど、満足そうに微笑むユウくん。
「萌音は、笑っているほうが可愛いよ。」
心臓直撃のフレーズに、ボクはロックオンされてしまった。
(き、気まずい!)
照れて空を見上げた瞬間、一筋の流れ星が見えた。
「えっ、今、流れた!」
「ウソ、どこどこ?」
「あの木のあたり・・・アッ!」
指さした白樺の木の上空に、また光の線が細長く見えた。
ボクが目を閉じて手を組むとユウくんも同じようにした。
「・・・。」
しばらくして目を開けると、もうすでにユウくんは目を開いてボクの方を向いていた。
「萌音、お願いできた?」
「ユウくんは? なんてお願いしたの?」
「ヒミツ。」
「ケチ!」
鼻の頭を真っ赤にしたボクを、ユウくんが前からそっとくるんでくれた。
「萌音がね『ずっと僕にくるまってくれますように』ってお願いしたんだ。」



