ボクはお母さんとケンカして、三日三晩を部屋で泣き明かした。
そして四日目、ボクはクローゼットの上の段にしまい込んでいた段ボールから、小学校の家庭科の授業のために買ったソーイングセットを取り出した。
もちろん、ビリビリに敗れてしまった可哀想なユウくんを直すため。
正直、裁縫は得意じゃない。
大の苦手と言ってもいい。
でも、ユウくんに包まれないと安心できないボクには、直すしか選択肢はなかった。
「糸は・・・木綿と絹とあと・・・これはなんだろう?」
裁縫箱の中にスモーキーピンク色の糸は無かったので、無難にキレイな白い糸を手に取った。
「あ、おばあちゃんの魔法の糸か!」
この箱に、ちょっと前に亡くなったおばあちゃんの裁縫道具も一緒に入れていたんだっけ。
弟の萌々が生まれるまではお母さんが働いていたから、ボクはおばあちゃんに預けられることが多かった。
必然的におばあちゃん子になったボクに、おばあちゃんは色んなことを教えてくれた。
料理、裁縫、掃除、何でも完璧にこなすおばあちゃんは魔女みたいだった。
実際、おばあちゃんは鉤鼻に白髪で見た目もそうだったし、自分でも魔法が使える魔女だと豪語していた。
だから、おばあちゃんが死んで棺桶に白い百合を入れた時は、何かの冗談だと思っていた。
明るく笑って「ドッキリよ!」って起き上がりそうなくらい、おばあちゃんは自然に横たわっていた。
形見分けの時におばあちゃんの思い出が欲しくて、おばあちゃんが得意だった裁縫道具をもらったんだったっけ。
『糸には魔法があるの』と言いながら、破れた服をキレイに直してくれたおばあちゃん。
ボクはおばあちゃんの魔法の手を思い出しながら、針に糸を通した。
ボクはなんとか、雑な縫い方でユウくんをつなぎ合わせることができた。
けど、仕上がりはサイアク。
「上達するまでおばあちゃんに教えてもらえば良かった。」
ボクは飽きっぽくて、魔女の良い弟子じゃなかったことを後悔した。
試しにユウくんを身体に巻き付けてみたけど、つなぎ目あたりのモフモフ感が半減した気がする。
もう、ボクのぬくぬくブランケットには戻らない。
ボクは絶望感を抱えながら、学習机の椅子の上にユウくんを投げ出して布団に潜りこんだ。
※
いつの間にか部屋が暗くなっていた。
起き上がって窓の外を見ると、ふんわりとした雪が積もり一面が白い世界になっている。
そこに街灯がオレンジの彩りを浮かべて、幻想的な童話の世界みたいだ。
家が建っている丘の上から見る外の景色はいつも綺麗だ。
視界を遮る建物がないから燃えるような夕陽が大きく見えるし、夜は満天の星と街のネオンがクッキリと輝いている。
でも実際は、夕陽も星も手に届かないしネオンの街は綺麗なところだけじゃない。
中学校がある辺りを見ながら思う。
(ボクはいつまで、この部屋に引きこもり続けられるのかな。)
不安な気持ちになると、ユウくんに包まれたい。
でも・・・チラリとつぎはぎのついたユウくんを見て、ボクは大きなため息を吐いた。
「新しいブランケット、買うしかないのかな。」
大きなため息を吐いてベッドに横たわり、夕陽の明りでマンガを読んでいると急に睡魔に襲われた。
「なんか眠い・・・。」
うつらうつらと頭が揺れるのを感じる。
ごはん食べてから寝なきゃと思うけど、体が石みたいに重くて動かない。
ボクは起きることを諦めて静かな寝息を立てた。
※
夢を見た。
白くて何もない空間で、優しそうな男の子に別れを告げられる夢。
「サヨナラ。」
悲しい夢だった。
ボクは「待って」と立ち去ろうとするその子に追いすがる。
でも、手が届きそうなところでボクは転んでしまう。
膝がすりむけて赤く血がにじむ。
痛みをこらえている隙に、その子は黙って立ち去ってしまう。
「好きだったのに。」
冷たい風が、ボクの言葉をさらっていく。
※
温かい人肌の温もりが、足先に当たる。
熱が移動してくるようで気持ちいい。
(これは現実? まだ夢の中なのかな⁇)
ボクは無意識に足の指の先をぬくもりの先にくっつけた。
(なんだか人の足みたい。)
夢うつつでぼんやりしながら、ボクは頭の中でずっと考えていた。
(昔、お母さんの隣で寝ていたときに、こうやって足を温めてもらったな。
雪の降る日に氷みたいに冷えた足が温まると、ボクは安心して眠りに落ちたんだよね。)
そう思った瞬間、ボクは急に我に返った。
おかしい。
(萌々がいるのに、ボクの部屋でお母さんが寝るわけない!)
パパは出張で家に居ないし、弟の萌々はまだ年中さんでお母さんと一緒にしか寝られない。
(誰!?)
布団をはね飛ばしてバネ人形みたいに起き上がったボクは、暗くなった部屋のベットに横たわって眠る男の子を発見した。
(!?)
本当に驚いたとき、人って声が出せないんだ。
ボクは息を止めてジリジリとベットの端に移動した。
(どうしよう、怖い怖い!)
不意に寝ている男の子の白い手がピクリと動いた。
「起きたの?」
「ギャーッ!」
華奢な白い手が悲鳴をあげるボクの腕を引っ張り、布団に連れ戻す。
「怖がらないで。」
男の子と至近距離で目が合ってしまった。
白い肌にぱっちりとした大きな目が印象的。
瞳は黒目がちで、優しげな甘い雰囲気を醸し出している。
パッと見は、浮世離れした二次元系の美少年だ。
「君は誰!?」
どんなに美少年でも場所が場所だ。不審者には違いない。
ボクが怯えながら質問すると、美少年は悲しみに顔を曇らせた。
「酷いよ。いつも一緒にいたのに。」
ボクは頭をフル回転させて今までの人生で出会った男の子たちを振り返ってみた。
(知らない。絶対こんなキレイな男の子を、忘れるわけがない。)
「誰かと勘違いしてるよ。ボクは君なんか知らない!」
「これに見覚えがあるでしょ?」
男の子は、フリースのパジャマの上衣をめくってお腹を見せた。
「キャッ!」
反射的に両手で目を覆ったボクに、美少年はからかうように声をかけた。
「大丈夫だから、見て。」
おそるおそる目を開けたボクはギョッとした。
美少年のお腹に、背中まで続く細くて白い糸がキラリと見える。
手術跡?
それにしても、見覚えのある雑な縫い目・・・これってまさか・・・!
ハッとして、ベットから降りて学習机の前に立ったボクは、愕然とした。
椅子に掛けていたブランケットが無くなっている。
「ない、やっぱりない! 」
ボクはおそるおそる振り向くと、ベッドの端に足を投げ出してブラブラさせている美少年に問いかけた。
「もしかして・・・ユウくんなの?」
「良かった。思い出してくれて。」
美少年はスモーキーピンクのフランネルのパジャマをフリフリしながらボクに甘く微笑んだ。
「ユウくんねぇ、人間になっちゃった!」
そして四日目、ボクはクローゼットの上の段にしまい込んでいた段ボールから、小学校の家庭科の授業のために買ったソーイングセットを取り出した。
もちろん、ビリビリに敗れてしまった可哀想なユウくんを直すため。
正直、裁縫は得意じゃない。
大の苦手と言ってもいい。
でも、ユウくんに包まれないと安心できないボクには、直すしか選択肢はなかった。
「糸は・・・木綿と絹とあと・・・これはなんだろう?」
裁縫箱の中にスモーキーピンク色の糸は無かったので、無難にキレイな白い糸を手に取った。
「あ、おばあちゃんの魔法の糸か!」
この箱に、ちょっと前に亡くなったおばあちゃんの裁縫道具も一緒に入れていたんだっけ。
弟の萌々が生まれるまではお母さんが働いていたから、ボクはおばあちゃんに預けられることが多かった。
必然的におばあちゃん子になったボクに、おばあちゃんは色んなことを教えてくれた。
料理、裁縫、掃除、何でも完璧にこなすおばあちゃんは魔女みたいだった。
実際、おばあちゃんは鉤鼻に白髪で見た目もそうだったし、自分でも魔法が使える魔女だと豪語していた。
だから、おばあちゃんが死んで棺桶に白い百合を入れた時は、何かの冗談だと思っていた。
明るく笑って「ドッキリよ!」って起き上がりそうなくらい、おばあちゃんは自然に横たわっていた。
形見分けの時におばあちゃんの思い出が欲しくて、おばあちゃんが得意だった裁縫道具をもらったんだったっけ。
『糸には魔法があるの』と言いながら、破れた服をキレイに直してくれたおばあちゃん。
ボクはおばあちゃんの魔法の手を思い出しながら、針に糸を通した。
ボクはなんとか、雑な縫い方でユウくんをつなぎ合わせることができた。
けど、仕上がりはサイアク。
「上達するまでおばあちゃんに教えてもらえば良かった。」
ボクは飽きっぽくて、魔女の良い弟子じゃなかったことを後悔した。
試しにユウくんを身体に巻き付けてみたけど、つなぎ目あたりのモフモフ感が半減した気がする。
もう、ボクのぬくぬくブランケットには戻らない。
ボクは絶望感を抱えながら、学習机の椅子の上にユウくんを投げ出して布団に潜りこんだ。
※
いつの間にか部屋が暗くなっていた。
起き上がって窓の外を見ると、ふんわりとした雪が積もり一面が白い世界になっている。
そこに街灯がオレンジの彩りを浮かべて、幻想的な童話の世界みたいだ。
家が建っている丘の上から見る外の景色はいつも綺麗だ。
視界を遮る建物がないから燃えるような夕陽が大きく見えるし、夜は満天の星と街のネオンがクッキリと輝いている。
でも実際は、夕陽も星も手に届かないしネオンの街は綺麗なところだけじゃない。
中学校がある辺りを見ながら思う。
(ボクはいつまで、この部屋に引きこもり続けられるのかな。)
不安な気持ちになると、ユウくんに包まれたい。
でも・・・チラリとつぎはぎのついたユウくんを見て、ボクは大きなため息を吐いた。
「新しいブランケット、買うしかないのかな。」
大きなため息を吐いてベッドに横たわり、夕陽の明りでマンガを読んでいると急に睡魔に襲われた。
「なんか眠い・・・。」
うつらうつらと頭が揺れるのを感じる。
ごはん食べてから寝なきゃと思うけど、体が石みたいに重くて動かない。
ボクは起きることを諦めて静かな寝息を立てた。
※
夢を見た。
白くて何もない空間で、優しそうな男の子に別れを告げられる夢。
「サヨナラ。」
悲しい夢だった。
ボクは「待って」と立ち去ろうとするその子に追いすがる。
でも、手が届きそうなところでボクは転んでしまう。
膝がすりむけて赤く血がにじむ。
痛みをこらえている隙に、その子は黙って立ち去ってしまう。
「好きだったのに。」
冷たい風が、ボクの言葉をさらっていく。
※
温かい人肌の温もりが、足先に当たる。
熱が移動してくるようで気持ちいい。
(これは現実? まだ夢の中なのかな⁇)
ボクは無意識に足の指の先をぬくもりの先にくっつけた。
(なんだか人の足みたい。)
夢うつつでぼんやりしながら、ボクは頭の中でずっと考えていた。
(昔、お母さんの隣で寝ていたときに、こうやって足を温めてもらったな。
雪の降る日に氷みたいに冷えた足が温まると、ボクは安心して眠りに落ちたんだよね。)
そう思った瞬間、ボクは急に我に返った。
おかしい。
(萌々がいるのに、ボクの部屋でお母さんが寝るわけない!)
パパは出張で家に居ないし、弟の萌々はまだ年中さんでお母さんと一緒にしか寝られない。
(誰!?)
布団をはね飛ばしてバネ人形みたいに起き上がったボクは、暗くなった部屋のベットに横たわって眠る男の子を発見した。
(!?)
本当に驚いたとき、人って声が出せないんだ。
ボクは息を止めてジリジリとベットの端に移動した。
(どうしよう、怖い怖い!)
不意に寝ている男の子の白い手がピクリと動いた。
「起きたの?」
「ギャーッ!」
華奢な白い手が悲鳴をあげるボクの腕を引っ張り、布団に連れ戻す。
「怖がらないで。」
男の子と至近距離で目が合ってしまった。
白い肌にぱっちりとした大きな目が印象的。
瞳は黒目がちで、優しげな甘い雰囲気を醸し出している。
パッと見は、浮世離れした二次元系の美少年だ。
「君は誰!?」
どんなに美少年でも場所が場所だ。不審者には違いない。
ボクが怯えながら質問すると、美少年は悲しみに顔を曇らせた。
「酷いよ。いつも一緒にいたのに。」
ボクは頭をフル回転させて今までの人生で出会った男の子たちを振り返ってみた。
(知らない。絶対こんなキレイな男の子を、忘れるわけがない。)
「誰かと勘違いしてるよ。ボクは君なんか知らない!」
「これに見覚えがあるでしょ?」
男の子は、フリースのパジャマの上衣をめくってお腹を見せた。
「キャッ!」
反射的に両手で目を覆ったボクに、美少年はからかうように声をかけた。
「大丈夫だから、見て。」
おそるおそる目を開けたボクはギョッとした。
美少年のお腹に、背中まで続く細くて白い糸がキラリと見える。
手術跡?
それにしても、見覚えのある雑な縫い目・・・これってまさか・・・!
ハッとして、ベットから降りて学習机の前に立ったボクは、愕然とした。
椅子に掛けていたブランケットが無くなっている。
「ない、やっぱりない! 」
ボクはおそるおそる振り向くと、ベッドの端に足を投げ出してブラブラさせている美少年に問いかけた。
「もしかして・・・ユウくんなの?」
「良かった。思い出してくれて。」
美少年はスモーキーピンクのフランネルのパジャマをフリフリしながらボクに甘く微笑んだ。
「ユウくんねぇ、人間になっちゃった!」



