ボクは小さなブランケットのユウくんと、照明の落ちた暗い図書フロアーを駆け抜けた。
吹き抜けのラウンジ、閲覧コーナー、パソコンコーナーを探して回ったけど、エミさんとメレさんの姿はおろか、人影すら見えない。
「太陽先輩はどこ⁉」
吹き抜けから見える二階の本棚を見上げて、ボクはハッとした。
本棚の陰から、微かに光が揺れている。
「二階?」
焦ったボクの心臓は、爆発しそうなほどドキドキしている。
「萌音、あそこ‼」
滑るような速さで階段を駆け上がり先導してくれたユウくんが、階段の中腹の踊り場で飛び跳ねた。
「アアッ!」
フードのついた白装束に身を包んだ三人の女性が、ロウソクの灯りの下で手を繋いで呪文を唱えている。
(運命の女神!?)
魔方陣を敷いた机の上には糸巻きと囚われた太陽先輩が置いてある。
三人のうちの一人が糸切り鋏を掲げた。
「汝、糸に囚われし者。これから我ら三姉妹が運命の糸を切る。」
「やめてーーー!!」
ボクは決死の思いで叫んだ。
「大好きだったのに! ボクの初恋の人だったのに‼
太陽先輩を殺さないで‼」
その瞬間、ユウくんの大声が目の前で響いた。
「タイヨウ、ノロイヲトク。イマスグニモドレ!」
まさに鋏が黒いブランケットに突き立てられる寸前、太陽先輩が黒煙をあげて人間に戻った。
「ヒィッ!?」
三人の女性たちは黒煙に驚いて仰け反ったり、尻もちをついたりして床に転がった。
(どういうこと?)
ボクは信じられない気持ちでユウくんを見つめた。
今、ユウくんが太陽先輩にモドレって言ったから人間に戻ったの?
しかも呪いって言った?
だとしたら・・・。
「ユウくん・・・どうして?」
モジモジしているユウくんに声をかけると、小さなブランケットは気まずそうな声を出した。
「・・・ゴメン。」
「教えて。どうしてユウくんが、太陽先輩を人間に戻せたの?」
「萌音、怒ってる?」
ユウくんは怒られた子犬みたいにシュンとしているように見える。
ボクは精いっぱい優しく語りかけた。
「怒ってないよ。ただ、ビックリしてるだけ。
ゆっくりでいいから説明できる?」
ユウくんはようやく重い口を開いた。
「僕をブランケットにしたのは萌音だけど、太陽をブランケットにしたのは、運命の糸を使ったユウくんの仕業ってこと。」
「ユウくんが・・・?」
ボクが呆然としていると、三人の魔女の一人が裸で気を失い横たわる太陽先輩に自分の白装束を掛けた。
白装束を脱いだその姿を見て、ボクは唖然とした。
「なんで? お母さん!?」
(太陽先輩を殺そうとした魔女の一人がお母さんだったなんて!)
「やっぱりユウくんの仕業だったのね。」
お母さんは疲れた顔でボクと目を合わせた。
「こんなお芝居までして太陽を人間に戻せなかったら、親御さんになんて言おうかと思ったわ。」
お芝居だって?
「待って。はじめからお母さんたちは、ユウくんが太陽先輩を変身させたって分かってたの?」
「そうよ。私もおばさんたちも、魔女の力を持っているの。
ユウくんも見えるし、黒いブランケットが太陽だってことも見抜いていたわ。」
ボクは少しムカついた。
「みんなでグルになって嘘をついていたってこと?
ボクには話してくれても良かったじゃないか!」
エミさんとメレさんが白装束のフードを取ると、こちらに近寄ってきた。
「悪かったわね。
原因は分かってても、呪いを解くのは本人にしかできない。
ユウくん自身が呪いを解く必要があったから、萌音には黙っていたのさ。」
エミさんがすまなそうに頭を下げて、メレさんも眉を寄せてボクを見つめた。
「萌絵を責めないで。
萌音とユウくんはいつも一緒だから、この計画を打ち明ける訳にはいかなかったわ。」
ユウくんはいつのまにか人間に戻ると、恥ずかしそうにうつむいた。
「あれ?
ユ、ユウくん、自分で人間になれるの?」
「うん。本当は運命の糸の力で、自由に変身できるんだ。
でも、僕が変身できることが分かったら、太陽を変身させたことを疑われると思った。」
ユウくんの声は震えていて、可哀想なくらい顔が白くなっていた。
「僕、太陽に初めて会った時に悪いヤツだと思ったんだ。だから懲らしめるためにちょっとだけ呪いをかけてやろうと思ったんだ。」
「それは・・・ボクのせいだね。」
太陽先輩のことをを勝手に勘違いして、一方的に嫌っている姿を見せたのはボクだ・・・。
「ぜんぶボクのせいだ。」
ボクはユウくんの白い手を取って握りしめた。
「ごめんね。」
「ううん。謝らなくていいよ。
だって、太陽が萌音のこと好きだって分かったからズルいなって思っちゃったんだ。
これは僕自身の問題だよ。」
「ズルい?」
ボクの手を握り返したユウくんは、儚げに笑った。
「僕はどんなに萌音が好きでもただのブランケットだけど、太陽は萌音と恋人になったり結婚して子供も作れるよね。
それが、とっても羨ましかったんだ。
すごく醜い感情だとわかっていても、太陽への嫉妬心を止められなかった。
こんなの、初めてなんだ。」
「ユウくん・・・。」
どうしよう。
ユウくんの気持ちが、痛いほどよく分かる。
でも、ボクにできることはない。
胸が辛くて苦しくて、張り裂けそう。
「男なら、好きなコを悲しませちゃダメだろ。」
太陽先輩が気がついた?
ハスキーな声のする方を振り返ると、ボクは赤面して顏を覆った。
「せんぱいっ、服!」
「エッ? アアッ!」
裸で立ちあがった太陽先輩の足元に白装束が落ちていた。
太陽先輩は慌てて白装束を拾い上げると、素早く肩に引っかけて前を閉じた。
「なんかよく分かんないけど、とにかく古明地を泣かすな!」
後ろを向いたまま叫んだ太陽先輩。
その様子になりゆきを見守っていたお母さんとおばさんたちが吹きだした。
「かわいい!」
「アオハルねー。」
みんなの笑い声が図書館のホールに響いて、きょとんとしていたユウくんも笑い出した。
「まったく・・・太陽には、かなわないな。」
お母さんがユウくんの前に立った。
「ユウくん、そのお腹の糸を外せばあなたはただのブランケットに戻るの。」
「お母さん!」
ボクはユウくんとお母さんの間に割って入った。
「待って、そんなことをユウくんに言わないで。」
いつもボクに怒るときは感情的になるお母さんが、とても静かに喋った。
「正直、今回のような事件を起こしたユウくんを、運命の女神の末裔としては放っておくことはできないわ。」
エミさんとメレさんも力強く頷く。
「でも・・・!」
ユウくんがボクの肩を引いて、首を振った。
「いいんだ。ボクがいちばんよく分かってる。制裁は甘んじて受けるよ。」
それから全員をぐるりと見渡して、ユウくんははにかんだ笑みを浮かべた。
「でも最後に、お別れ会をさせてくれない?」
※
その日の夜、ボクらはまた庭にテントを張って、満天の空の下で焚火をした。
相変わらずのフランネルのパジャマのユウくんと、スキーウェアに太陽先輩を肩に掛けたボク。
ガススト―ブから立ち昇る白い煙が冷えた空にゆらめいている。
「オーロラってこんな感じかな?」
「一回見たことあるけど、ぜんぜん違うよ。空全体がうねるんだ。」
「いつか、見てみたいなぁ。」
「いつか、見れるよ。」
「うん。」
ユウくんはおもむろにパジャマのポケットから裁ち切りバサミを取り出すと、ボクに柄を向けて渡した。
「お別れ会をありがとね。・・・じゃあ、糸を切って。」
ボクが鋏を受け取るのをためらっていると、太陽先輩が横から手を出してボクの手に鋏を握らせた。
「手伝ってやるよ。」
「えー。太陽も切るの? わざと布の部分を切らないでね!」
「そう言われると、やっちゃおうかな。」
二人の漫才みたいな掛け合いもこれで最後。
ボクは泣かないって決めてたのに、目に涙があふれてくるのが止められなかった。
「ユウくん、サヨナラ。」
鼻をすすりあげるボクに、ふざけていた二人も涙目ににじんだ。
「ユウくんが居たからボクは家から出ることができたし、お母さんや萌々と仲良くなることもできた。
これから先も、絶対に君といた日々は忘れないよ。」
「萌音、大好き・・・!」
ユウくんがボクに覆いかぶさってきて、温かいブランケットの感触にボクは幸せを感じた。
「俺も・・・この際だから言うけど、古明地のこと、ずっと好きだった!」
「ズルイよ太陽! 僕のほうが萌音のこと、いっぱい好きなんだ!」
寒さにピンと張った頬にアツい涙がこぼれ落ちて、ボクは鼻をすすりあげた。
「ボクも、二人とも大好き!」
チョキン
ユウくんの糸を切ったあと、ボクは太陽先輩とユウくんに包まれて目を閉じた。
そして起きた時、隣には太陽先輩だけが寝ていたんだ。
吹き抜けのラウンジ、閲覧コーナー、パソコンコーナーを探して回ったけど、エミさんとメレさんの姿はおろか、人影すら見えない。
「太陽先輩はどこ⁉」
吹き抜けから見える二階の本棚を見上げて、ボクはハッとした。
本棚の陰から、微かに光が揺れている。
「二階?」
焦ったボクの心臓は、爆発しそうなほどドキドキしている。
「萌音、あそこ‼」
滑るような速さで階段を駆け上がり先導してくれたユウくんが、階段の中腹の踊り場で飛び跳ねた。
「アアッ!」
フードのついた白装束に身を包んだ三人の女性が、ロウソクの灯りの下で手を繋いで呪文を唱えている。
(運命の女神!?)
魔方陣を敷いた机の上には糸巻きと囚われた太陽先輩が置いてある。
三人のうちの一人が糸切り鋏を掲げた。
「汝、糸に囚われし者。これから我ら三姉妹が運命の糸を切る。」
「やめてーーー!!」
ボクは決死の思いで叫んだ。
「大好きだったのに! ボクの初恋の人だったのに‼
太陽先輩を殺さないで‼」
その瞬間、ユウくんの大声が目の前で響いた。
「タイヨウ、ノロイヲトク。イマスグニモドレ!」
まさに鋏が黒いブランケットに突き立てられる寸前、太陽先輩が黒煙をあげて人間に戻った。
「ヒィッ!?」
三人の女性たちは黒煙に驚いて仰け反ったり、尻もちをついたりして床に転がった。
(どういうこと?)
ボクは信じられない気持ちでユウくんを見つめた。
今、ユウくんが太陽先輩にモドレって言ったから人間に戻ったの?
しかも呪いって言った?
だとしたら・・・。
「ユウくん・・・どうして?」
モジモジしているユウくんに声をかけると、小さなブランケットは気まずそうな声を出した。
「・・・ゴメン。」
「教えて。どうしてユウくんが、太陽先輩を人間に戻せたの?」
「萌音、怒ってる?」
ユウくんは怒られた子犬みたいにシュンとしているように見える。
ボクは精いっぱい優しく語りかけた。
「怒ってないよ。ただ、ビックリしてるだけ。
ゆっくりでいいから説明できる?」
ユウくんはようやく重い口を開いた。
「僕をブランケットにしたのは萌音だけど、太陽をブランケットにしたのは、運命の糸を使ったユウくんの仕業ってこと。」
「ユウくんが・・・?」
ボクが呆然としていると、三人の魔女の一人が裸で気を失い横たわる太陽先輩に自分の白装束を掛けた。
白装束を脱いだその姿を見て、ボクは唖然とした。
「なんで? お母さん!?」
(太陽先輩を殺そうとした魔女の一人がお母さんだったなんて!)
「やっぱりユウくんの仕業だったのね。」
お母さんは疲れた顔でボクと目を合わせた。
「こんなお芝居までして太陽を人間に戻せなかったら、親御さんになんて言おうかと思ったわ。」
お芝居だって?
「待って。はじめからお母さんたちは、ユウくんが太陽先輩を変身させたって分かってたの?」
「そうよ。私もおばさんたちも、魔女の力を持っているの。
ユウくんも見えるし、黒いブランケットが太陽だってことも見抜いていたわ。」
ボクは少しムカついた。
「みんなでグルになって嘘をついていたってこと?
ボクには話してくれても良かったじゃないか!」
エミさんとメレさんが白装束のフードを取ると、こちらに近寄ってきた。
「悪かったわね。
原因は分かってても、呪いを解くのは本人にしかできない。
ユウくん自身が呪いを解く必要があったから、萌音には黙っていたのさ。」
エミさんがすまなそうに頭を下げて、メレさんも眉を寄せてボクを見つめた。
「萌絵を責めないで。
萌音とユウくんはいつも一緒だから、この計画を打ち明ける訳にはいかなかったわ。」
ユウくんはいつのまにか人間に戻ると、恥ずかしそうにうつむいた。
「あれ?
ユ、ユウくん、自分で人間になれるの?」
「うん。本当は運命の糸の力で、自由に変身できるんだ。
でも、僕が変身できることが分かったら、太陽を変身させたことを疑われると思った。」
ユウくんの声は震えていて、可哀想なくらい顔が白くなっていた。
「僕、太陽に初めて会った時に悪いヤツだと思ったんだ。だから懲らしめるためにちょっとだけ呪いをかけてやろうと思ったんだ。」
「それは・・・ボクのせいだね。」
太陽先輩のことをを勝手に勘違いして、一方的に嫌っている姿を見せたのはボクだ・・・。
「ぜんぶボクのせいだ。」
ボクはユウくんの白い手を取って握りしめた。
「ごめんね。」
「ううん。謝らなくていいよ。
だって、太陽が萌音のこと好きだって分かったからズルいなって思っちゃったんだ。
これは僕自身の問題だよ。」
「ズルい?」
ボクの手を握り返したユウくんは、儚げに笑った。
「僕はどんなに萌音が好きでもただのブランケットだけど、太陽は萌音と恋人になったり結婚して子供も作れるよね。
それが、とっても羨ましかったんだ。
すごく醜い感情だとわかっていても、太陽への嫉妬心を止められなかった。
こんなの、初めてなんだ。」
「ユウくん・・・。」
どうしよう。
ユウくんの気持ちが、痛いほどよく分かる。
でも、ボクにできることはない。
胸が辛くて苦しくて、張り裂けそう。
「男なら、好きなコを悲しませちゃダメだろ。」
太陽先輩が気がついた?
ハスキーな声のする方を振り返ると、ボクは赤面して顏を覆った。
「せんぱいっ、服!」
「エッ? アアッ!」
裸で立ちあがった太陽先輩の足元に白装束が落ちていた。
太陽先輩は慌てて白装束を拾い上げると、素早く肩に引っかけて前を閉じた。
「なんかよく分かんないけど、とにかく古明地を泣かすな!」
後ろを向いたまま叫んだ太陽先輩。
その様子になりゆきを見守っていたお母さんとおばさんたちが吹きだした。
「かわいい!」
「アオハルねー。」
みんなの笑い声が図書館のホールに響いて、きょとんとしていたユウくんも笑い出した。
「まったく・・・太陽には、かなわないな。」
お母さんがユウくんの前に立った。
「ユウくん、そのお腹の糸を外せばあなたはただのブランケットに戻るの。」
「お母さん!」
ボクはユウくんとお母さんの間に割って入った。
「待って、そんなことをユウくんに言わないで。」
いつもボクに怒るときは感情的になるお母さんが、とても静かに喋った。
「正直、今回のような事件を起こしたユウくんを、運命の女神の末裔としては放っておくことはできないわ。」
エミさんとメレさんも力強く頷く。
「でも・・・!」
ユウくんがボクの肩を引いて、首を振った。
「いいんだ。ボクがいちばんよく分かってる。制裁は甘んじて受けるよ。」
それから全員をぐるりと見渡して、ユウくんははにかんだ笑みを浮かべた。
「でも最後に、お別れ会をさせてくれない?」
※
その日の夜、ボクらはまた庭にテントを張って、満天の空の下で焚火をした。
相変わらずのフランネルのパジャマのユウくんと、スキーウェアに太陽先輩を肩に掛けたボク。
ガススト―ブから立ち昇る白い煙が冷えた空にゆらめいている。
「オーロラってこんな感じかな?」
「一回見たことあるけど、ぜんぜん違うよ。空全体がうねるんだ。」
「いつか、見てみたいなぁ。」
「いつか、見れるよ。」
「うん。」
ユウくんはおもむろにパジャマのポケットから裁ち切りバサミを取り出すと、ボクに柄を向けて渡した。
「お別れ会をありがとね。・・・じゃあ、糸を切って。」
ボクが鋏を受け取るのをためらっていると、太陽先輩が横から手を出してボクの手に鋏を握らせた。
「手伝ってやるよ。」
「えー。太陽も切るの? わざと布の部分を切らないでね!」
「そう言われると、やっちゃおうかな。」
二人の漫才みたいな掛け合いもこれで最後。
ボクは泣かないって決めてたのに、目に涙があふれてくるのが止められなかった。
「ユウくん、サヨナラ。」
鼻をすすりあげるボクに、ふざけていた二人も涙目ににじんだ。
「ユウくんが居たからボクは家から出ることができたし、お母さんや萌々と仲良くなることもできた。
これから先も、絶対に君といた日々は忘れないよ。」
「萌音、大好き・・・!」
ユウくんがボクに覆いかぶさってきて、温かいブランケットの感触にボクは幸せを感じた。
「俺も・・・この際だから言うけど、古明地のこと、ずっと好きだった!」
「ズルイよ太陽! 僕のほうが萌音のこと、いっぱい好きなんだ!」
寒さにピンと張った頬にアツい涙がこぼれ落ちて、ボクは鼻をすすりあげた。
「ボクも、二人とも大好き!」
チョキン
ユウくんの糸を切ったあと、ボクは太陽先輩とユウくんに包まれて目を閉じた。
そして起きた時、隣には太陽先輩だけが寝ていたんだ。



