(太陽先輩が、ずっとボクの不登校を気にしていた?)
ボクは自分の耳を疑った。
だって、バスの中で吐いたボクのことを『きたねー!』って真っ先にバカにして騒いだのは太陽先輩なのに・・・!
ひどい。
忘れたなんて、言わせるもんか!
「あの・・ボクも先輩に聞きたいことがあります。」
「ん?」
抗議の言葉を紡ごうとしたボクの唇は、小刻みに震えた。
涙が出そうになるのをこらえると、喉の奥が詰まるように苦しい。
ここで口に出すのは間違ってる?
ボクの胸の内にだけ秘めていれば、余計な揉め事にはならない。
ボクは心に急ブレーキをかけた。
「いや、なんでもないです・・・。」
「言いかけて止めるのは、気持ち悪い。ズルイぞ!」
すぐに畳みかけるようにボクを責める太陽先輩。
(そういうことじゃないのに!)
フツフツと先輩への怒りがこみあげてきて、ボクは溜めた思いを吐き出した。
(もう、どうにでもなれ!)
「バスでボクが吐いた時、どうしてあんなに『きたねー!』って騒いだんですか?」
「え?」
一瞬、息を飲むように先輩が無言になった。
「小さい頃によく公園で遊んだ記憶もあるし、先輩のことは嫌いじゃなかったのに、あの時はボク、すごく辛くて悲しくて・・・。
吐いたことをバカにされた事件以来、ボクは学校に行けなくなったんです!」
「オマエ、あれは・・・。」
怖い顔をしたユウくんが、ボクの肩から太陽先輩を乱暴にはぎ取った。
「本当に太陽が萌音の悪口を言ったの?」
「言ってない!」
ボクはキッとユウくんの手の中の太陽先輩をにらんだ。
「今さら? あの時はボクの隣に座っていましたよね?」
手に持ったブランケットを思い切り左右に引っ張るユウくん。
「許せない!」
「イタタタ! 誤解だって!!」
太陽先輩の悲鳴が部屋に響き、ボクは慌ててユウくんを制した。
「ユウくん、それはさすがにやめたげて!」
「なんで? 悪いのは太陽じゃん。」
太陽先輩は声を張りあげて叫んだ。
「もしかして、勘違いしてないか? むしろ逆だから!」
「言い訳はやめて、萌音に謝れ!」
黒いブランケットを雑巾のように絞り上げたユウくんの手の中から、悲鳴が轟いた。
ボクは太陽先輩の言葉が引っかかり、ユウくんの腕を引っ張った。
「待って、ユウくん。逆ってなに・・・?」
シワになったブランケットを広げてひざに乗せると、少し咳込んでから太陽先輩がかすれた声で話しだした。
「確かあの時、古明地が吐いたあと俺のすぐ後ろに座ってたヤツが『気持ち悪い』とか『ゲロ女』って騒いだんだ。
俺は座席を飛び越えてソイツをボコってたんだぜ。
で、ソイツの名前が『北根』だったから『きたねー』って叫んだかもしれん。」
ボクは驚きすぎて固まった。
頭の中が混乱してる。
「ウソ・・・?」
「だって、具合の悪い女子の悪口言うヤツ、サイテーじゃん。」
鼻息荒く当時の様子を語る先輩。
(確かに、吐いてて声しか聞いてなかった。
ボクの勘違いだったなんて!)
ボクは肩の力が抜けて、顔を両手で覆った。
「う、う・・・。」
「萌音、どうしたの?」
「ゴメンなさーい!!」
その場に膝から崩れ落ちて、ボクは小さい子どものように泣き出した。
涙がとめどなくあごに垂れて、水滴がポツリポツリと膝に落ちる。
ユウくんがカッと両目を見開いた。
「太陽! よくも萌音を泣かせたな‼」
「ち、ちがう。どーすりゃ良いんだよ!!」
「とりあえず萌音に謝れ!」
「す、すまん、古明地! 全部俺のせいで良いから‼」
嬉しいような悔しいような、この複雑な感情をどう表現したらいいんだろう。
太陽先輩は急にピョンと跳ね、ボクの膝から肩に乗った。
そしてボクの目から次々に零れ落ちる涙を、ブランケットの裾で拭いた。
「泣くな。」
温かいブランケットの裾が濡れて、少し色が濃くなった。
「そんなことしたら、先輩が濡れちゃいます。」
「俺のせいで泣いてるなら、責任持つよ。」
(なんこれ・・・。
黒ブランケット姿じゃなかったら、イケてる台詞なのに。)
ユウくんがそれを見て、すかさずルームウェアの裾をボクに差し出した。
「ズルイ! ユウくんが萌音の涙を拭くの‼」
二人が同時にボクの涙を拭こうとして、ボクは戸惑いながらそれぞれの裾で涙を拭った。
「って、あれ?」
ボクはあることに気がついて驚きの声をあげた。
「せ、先輩、ブランケットの姿で自由に動けるようになってませんか?」
「ワッ、ホントだ!」
「も、もしかして人間に戻る前兆⁉」
息をひそめてボクたちは太陽先輩を見つめたけど、それ以上は何も起こらない。
太陽先輩はブランケットの両裾を絡めた。
「よし、長期戦だ。
今日はココに泊めさせてもらおうぞ!」
ボクは驚いて飛びあがった。
「エッ、太陽先輩が⁉」
「どうせブランケットにしか見えないから、いいじゃん。」
「ボクが今夜もこの家に泊まるのは問題ないけども・・・。」
唯ちゃんは一人暮らしだし、明日の朝、仕事に出る唯ちゃんと一緒に家を出れば問題ないだろう。
「みんなで一緒に寝る気ですか?」
ボクが聞くと、ユウくんがハイテンションで飛び回った。
「ヤッター! みんなで寝るのって宿泊学習みたい!!」
「あの時、一緒に行けなかったもんね。」
小6の時の宿泊学習にユウくんを持って行かなかったことを、少し根に持っているみたい。
ボクはユウくんの無邪気さがほほ笑ましかった。
「みんなで・・・寝るだと?」
太陽先輩がゴクリと生つばを飲み込む音がした。
「いや、安心しろ古明地。ユウと俺は床に寝る。」
「イヤだね! 僕はいつもみたいに萌音をくるみながら寝るんだ。」
「人間になったなら、人間の言うこと聞け!」
「ブランケットになったなら、ブランケットらしくして!」
またユウくんと太陽先輩の言い合いが始まった。
この二人、気が合うのか合わないのか。
ボクは電話モードにしたスマホを太陽先輩に渡した。
「とりあえず、先輩のおうちの家族に連絡してください。ただし、絶対に男友だちの家にしばらく泊まるって言ってくださいね!」
※
結局、ユウくんと太陽先輩は床に寝て、ボクは1人でベットに寝ることになった。
ブランケットとはいえ、中身は中2男子の太陽先輩。
(絶対に意識して今夜は寝られるはずがない!)
でも消灯してしばらくすると、そんな心配は無用になった。
床から定期的にイビキや歯ぎしりやらが聞こえてきて、ユウくんの「勘弁してよ〜」という情けない寝言が聞こえてからは、ボクは安心して眠りにつくことができた。
ボクは自分の耳を疑った。
だって、バスの中で吐いたボクのことを『きたねー!』って真っ先にバカにして騒いだのは太陽先輩なのに・・・!
ひどい。
忘れたなんて、言わせるもんか!
「あの・・ボクも先輩に聞きたいことがあります。」
「ん?」
抗議の言葉を紡ごうとしたボクの唇は、小刻みに震えた。
涙が出そうになるのをこらえると、喉の奥が詰まるように苦しい。
ここで口に出すのは間違ってる?
ボクの胸の内にだけ秘めていれば、余計な揉め事にはならない。
ボクは心に急ブレーキをかけた。
「いや、なんでもないです・・・。」
「言いかけて止めるのは、気持ち悪い。ズルイぞ!」
すぐに畳みかけるようにボクを責める太陽先輩。
(そういうことじゃないのに!)
フツフツと先輩への怒りがこみあげてきて、ボクは溜めた思いを吐き出した。
(もう、どうにでもなれ!)
「バスでボクが吐いた時、どうしてあんなに『きたねー!』って騒いだんですか?」
「え?」
一瞬、息を飲むように先輩が無言になった。
「小さい頃によく公園で遊んだ記憶もあるし、先輩のことは嫌いじゃなかったのに、あの時はボク、すごく辛くて悲しくて・・・。
吐いたことをバカにされた事件以来、ボクは学校に行けなくなったんです!」
「オマエ、あれは・・・。」
怖い顔をしたユウくんが、ボクの肩から太陽先輩を乱暴にはぎ取った。
「本当に太陽が萌音の悪口を言ったの?」
「言ってない!」
ボクはキッとユウくんの手の中の太陽先輩をにらんだ。
「今さら? あの時はボクの隣に座っていましたよね?」
手に持ったブランケットを思い切り左右に引っ張るユウくん。
「許せない!」
「イタタタ! 誤解だって!!」
太陽先輩の悲鳴が部屋に響き、ボクは慌ててユウくんを制した。
「ユウくん、それはさすがにやめたげて!」
「なんで? 悪いのは太陽じゃん。」
太陽先輩は声を張りあげて叫んだ。
「もしかして、勘違いしてないか? むしろ逆だから!」
「言い訳はやめて、萌音に謝れ!」
黒いブランケットを雑巾のように絞り上げたユウくんの手の中から、悲鳴が轟いた。
ボクは太陽先輩の言葉が引っかかり、ユウくんの腕を引っ張った。
「待って、ユウくん。逆ってなに・・・?」
シワになったブランケットを広げてひざに乗せると、少し咳込んでから太陽先輩がかすれた声で話しだした。
「確かあの時、古明地が吐いたあと俺のすぐ後ろに座ってたヤツが『気持ち悪い』とか『ゲロ女』って騒いだんだ。
俺は座席を飛び越えてソイツをボコってたんだぜ。
で、ソイツの名前が『北根』だったから『きたねー』って叫んだかもしれん。」
ボクは驚きすぎて固まった。
頭の中が混乱してる。
「ウソ・・・?」
「だって、具合の悪い女子の悪口言うヤツ、サイテーじゃん。」
鼻息荒く当時の様子を語る先輩。
(確かに、吐いてて声しか聞いてなかった。
ボクの勘違いだったなんて!)
ボクは肩の力が抜けて、顔を両手で覆った。
「う、う・・・。」
「萌音、どうしたの?」
「ゴメンなさーい!!」
その場に膝から崩れ落ちて、ボクは小さい子どものように泣き出した。
涙がとめどなくあごに垂れて、水滴がポツリポツリと膝に落ちる。
ユウくんがカッと両目を見開いた。
「太陽! よくも萌音を泣かせたな‼」
「ち、ちがう。どーすりゃ良いんだよ!!」
「とりあえず萌音に謝れ!」
「す、すまん、古明地! 全部俺のせいで良いから‼」
嬉しいような悔しいような、この複雑な感情をどう表現したらいいんだろう。
太陽先輩は急にピョンと跳ね、ボクの膝から肩に乗った。
そしてボクの目から次々に零れ落ちる涙を、ブランケットの裾で拭いた。
「泣くな。」
温かいブランケットの裾が濡れて、少し色が濃くなった。
「そんなことしたら、先輩が濡れちゃいます。」
「俺のせいで泣いてるなら、責任持つよ。」
(なんこれ・・・。
黒ブランケット姿じゃなかったら、イケてる台詞なのに。)
ユウくんがそれを見て、すかさずルームウェアの裾をボクに差し出した。
「ズルイ! ユウくんが萌音の涙を拭くの‼」
二人が同時にボクの涙を拭こうとして、ボクは戸惑いながらそれぞれの裾で涙を拭った。
「って、あれ?」
ボクはあることに気がついて驚きの声をあげた。
「せ、先輩、ブランケットの姿で自由に動けるようになってませんか?」
「ワッ、ホントだ!」
「も、もしかして人間に戻る前兆⁉」
息をひそめてボクたちは太陽先輩を見つめたけど、それ以上は何も起こらない。
太陽先輩はブランケットの両裾を絡めた。
「よし、長期戦だ。
今日はココに泊めさせてもらおうぞ!」
ボクは驚いて飛びあがった。
「エッ、太陽先輩が⁉」
「どうせブランケットにしか見えないから、いいじゃん。」
「ボクが今夜もこの家に泊まるのは問題ないけども・・・。」
唯ちゃんは一人暮らしだし、明日の朝、仕事に出る唯ちゃんと一緒に家を出れば問題ないだろう。
「みんなで一緒に寝る気ですか?」
ボクが聞くと、ユウくんがハイテンションで飛び回った。
「ヤッター! みんなで寝るのって宿泊学習みたい!!」
「あの時、一緒に行けなかったもんね。」
小6の時の宿泊学習にユウくんを持って行かなかったことを、少し根に持っているみたい。
ボクはユウくんの無邪気さがほほ笑ましかった。
「みんなで・・・寝るだと?」
太陽先輩がゴクリと生つばを飲み込む音がした。
「いや、安心しろ古明地。ユウと俺は床に寝る。」
「イヤだね! 僕はいつもみたいに萌音をくるみながら寝るんだ。」
「人間になったなら、人間の言うこと聞け!」
「ブランケットになったなら、ブランケットらしくして!」
またユウくんと太陽先輩の言い合いが始まった。
この二人、気が合うのか合わないのか。
ボクは電話モードにしたスマホを太陽先輩に渡した。
「とりあえず、先輩のおうちの家族に連絡してください。ただし、絶対に男友だちの家にしばらく泊まるって言ってくださいね!」
※
結局、ユウくんと太陽先輩は床に寝て、ボクは1人でベットに寝ることになった。
ブランケットとはいえ、中身は中2男子の太陽先輩。
(絶対に意識して今夜は寝られるはずがない!)
でも消灯してしばらくすると、そんな心配は無用になった。
床から定期的にイビキや歯ぎしりやらが聞こえてきて、ユウくんの「勘弁してよ〜」という情けない寝言が聞こえてからは、ボクは安心して眠りにつくことができた。



