いよいよ、その日が来た。
「へぇぇ、こんなとこにスタジオなんかあるんだねぇ」
一番仲のいい友人、宇田川翠が入り口でそう言った。確かに、そこそこ大きな駅なのに、駅前から少し離れただけでこんなに住宅街が立ち並んでいるなんて知らなかったし、そんな中にこんなお笑いをやるようなスタジオがあるなんて驚いた。
入り口には今日の漫才コンテストのポスターが貼られ、参加者の名前がずらりと並んでいた。もちろん、デジタルチョップの名もそこにある。
「しっかし、まさかめぐみがお笑い芸人と付き合ってたなんて」
「ちょ、付き合ってないってば!」
成り行きを説明した途端、翠の口からは『で、どっちが彼氏?』という言葉が飛び出した。私は必死にそうじゃないと伝えたのだが、信じてくれないのだ。まぁ、今までお笑いになど興味のなかった私が入れ込んでいるということで、翠としては変に勘ぐっているのだろうけど……。
「でもこれ、楽しそう! 息抜きにはちょうどいいよね!」
翠はご満悦だった。どこまで仕上げて来てるのか、私も楽しみだ。完全に師匠モードになっている。
「さ、行こ」
スタジオに入ると、まるでテレビのセットのような舞台が用意されている。客席の後ろには数台のカメラもあった。なんだかテレビ番組の観覧に来たみたいな気分だ。
渡されたパンフレットには、今日のコンテストの説明が書かれている。一組ずつネタを披露するわけだが、ネタの後、審査員との簡単な質疑応答。それを全員繰り返し、最後に一般参加者の投票があり、それと同時に審査員の投票も行われる。後ろに置いてあるカメラは、どうやら芸能事務所の人がライブ配信を見るためのものらしく、気に入ったコンビがいればスカウトもあるらしい。
「思ったより本格的なんだ……」
私は今更不安になってきた。こんなちゃんとしたコンテストに、私ごときが口出しをしてしまったコンビが出る? ドキドキしすぎて、デジタルチョップのネタが面白かったのかどうかも分からなくなる。どんなだった? もし、こんなちゃんとしたところで駄々滑りしちゃったら……
「めぐみ、大丈夫?」
翠に声を掛けられハッとする。
こんなんじゃダメだ。私はあの二人を応援しに、ここに来たのだから!
「優勝、出来るといいね!」
「いやっ、それはなくてもっ」
翠の励ましを、思わず否定してしまう。だって優勝しちゃったら例のあの話が……。
「え? なんで? ああ、彼ぴっぴが有名人になったら困るからか~」
肘でわき腹を突かれる。
いや、そういうことじゃない! 優勝したら私、二人のうちどちらかを選ばなきゃいけないかもしれないんだよ!? とは言えないので、黙る。そう。あの告白のことは、翠には言っていないのだ。
そうこうしているうちに、コンテストが始まる。
デジタルチョップの出番は、全十二組の中で、最後から三番目。いいのか悪いのかわからないけど、トップバッターじゃないだけマシだろうか。会場の空気も出来ていない状態で漫才をするのは、ちょっと大変そうだもん。
*****
イマイチのコンビもいれば、めちゃくちゃウケてるコンビもいる。
コンテストは順調に進んでいた。
「もうすぐだね」
翠に囁かれ、私は小さく頷く。
二人とも、大丈夫だろうか。緊張からまた声が小さくなったりしないだろうか。この雰囲気に飲まれて萎縮したりしていないだろうか。告白云々のことなどそっちのけで、私はステージママのような心境で祈るように舞台を見つめていた。
「次だよ!」
パッと舞台に明かりがつき、出囃子のような音楽が鳴る。お揃いのスーツに身を包んだ青い二人が舞台に飛び出すと、会場がざわざわする。うん、インパクト大だ! しかも今日は帽子を脱いで、頭に触角までつけている! 徹底した宇宙人風メイク!
「ちょ、待ってっ、ねぇ、めぐみ……この二人なのっ?」
わなわなと体を震わせ、翠が私の腕を掴む。
「はいどうも~!」
「似てない双子、朝陽と」
「佑也で」
「デジタルチョップ」
「でぇぇす!」
コミカルなポーズをビシッと決める二人。うん、声も出てるし、ポーズもばっちりだ! 会場の反応は……?
「きゃ~!!」
「いや~~!!」
「なになにっ、ちょっと待ってぇぇ」
「かっこいい~!」
……黄色い声……だと?
私は怪訝な顔で辺りを見渡す。周りの女性たちの目が、ハートになっている……ように見えるのは何故なのか。
ハッと舞台に目を移すと、漫才は滞りなく進んでいた。ウケるはずの場所では、笑い半分、黄色い声半分。う~ん、何故?
「そんなバカな!」
「ほんとなんだって! その屋敷からは夜な夜な女の声が……」
「きゃ~!」
「パックがいちまぁい、パックがにまぁい……四枚足りないぃぃ」
「六枚入りだったのネ」
「ハイ、どうもありがとうございました~!」
漫才が、無事、終わった。
瞬間、またしても黄色い声が飛ぶ。
二人はそのまま舞台の上で待つ。ここから審査員との質疑応答が始まるのだ。
「えーっと、まずこれ審査員全員が思ってることなんだけどね」
審査員の一人がマイクを持ち、言った。
「なんでお笑いなの? 二人とも、モデルとかアイドルとか役者とか、他に道、あるよね?」
「は?」
私、思わず声が出てしまう。
いや、確かに朝陽は背も高いし、モデルでもいけるのかもしれない。でも、アイドル? 役者? なんで?
「えっと、俺たち小さい頃からお笑いが大好きで、いつか二人でお笑いの舞台に立ちたいな、ってずっと思ってて」
朝陽が答えると、別の審査員……女性がマイクを奪い取る。
「お笑いなんか勿体無いじゃない! ねぇ、うちの事務所に来ない?」
ビックリのスカウト発言だ。会場からきゃ~!という声が聞こえる。
「待て待て、抜け駆けは困るよさっちゃ~ん」
マイクを取り返して、審査委員長を務めている偉そうな風体のおじさんが言うと、会場から笑いが漏れた。
「率直に言うとね、漫才も悪くなかったよ。でも、その風体で出られちゃ、僕らとしてはどう評価していいかわかんないなぁ」
その風体って、だから……めちゃくちゃ笑いに特化した格好してるじゃない!
私は審査員にそう突っ込みたかった。
「いやぁ、これ、会場審査まずいなぁ」
最後まで審査委員長は意味不明なことを言い、デジタルチョップの出番は終わったのである。
「ちょっと、めぐみっ」
尖がった声を出す翠。気のせいでなければ、鼻息が荒い。
「え? なに?」
「どっちが彼氏? ねぇ。彼氏じゃない方、紹介して!」
「……はぁ?」
私はひたすら困惑したのである。
(続く)
「へぇぇ、こんなとこにスタジオなんかあるんだねぇ」
一番仲のいい友人、宇田川翠が入り口でそう言った。確かに、そこそこ大きな駅なのに、駅前から少し離れただけでこんなに住宅街が立ち並んでいるなんて知らなかったし、そんな中にこんなお笑いをやるようなスタジオがあるなんて驚いた。
入り口には今日の漫才コンテストのポスターが貼られ、参加者の名前がずらりと並んでいた。もちろん、デジタルチョップの名もそこにある。
「しっかし、まさかめぐみがお笑い芸人と付き合ってたなんて」
「ちょ、付き合ってないってば!」
成り行きを説明した途端、翠の口からは『で、どっちが彼氏?』という言葉が飛び出した。私は必死にそうじゃないと伝えたのだが、信じてくれないのだ。まぁ、今までお笑いになど興味のなかった私が入れ込んでいるということで、翠としては変に勘ぐっているのだろうけど……。
「でもこれ、楽しそう! 息抜きにはちょうどいいよね!」
翠はご満悦だった。どこまで仕上げて来てるのか、私も楽しみだ。完全に師匠モードになっている。
「さ、行こ」
スタジオに入ると、まるでテレビのセットのような舞台が用意されている。客席の後ろには数台のカメラもあった。なんだかテレビ番組の観覧に来たみたいな気分だ。
渡されたパンフレットには、今日のコンテストの説明が書かれている。一組ずつネタを披露するわけだが、ネタの後、審査員との簡単な質疑応答。それを全員繰り返し、最後に一般参加者の投票があり、それと同時に審査員の投票も行われる。後ろに置いてあるカメラは、どうやら芸能事務所の人がライブ配信を見るためのものらしく、気に入ったコンビがいればスカウトもあるらしい。
「思ったより本格的なんだ……」
私は今更不安になってきた。こんなちゃんとしたコンテストに、私ごときが口出しをしてしまったコンビが出る? ドキドキしすぎて、デジタルチョップのネタが面白かったのかどうかも分からなくなる。どんなだった? もし、こんなちゃんとしたところで駄々滑りしちゃったら……
「めぐみ、大丈夫?」
翠に声を掛けられハッとする。
こんなんじゃダメだ。私はあの二人を応援しに、ここに来たのだから!
「優勝、出来るといいね!」
「いやっ、それはなくてもっ」
翠の励ましを、思わず否定してしまう。だって優勝しちゃったら例のあの話が……。
「え? なんで? ああ、彼ぴっぴが有名人になったら困るからか~」
肘でわき腹を突かれる。
いや、そういうことじゃない! 優勝したら私、二人のうちどちらかを選ばなきゃいけないかもしれないんだよ!? とは言えないので、黙る。そう。あの告白のことは、翠には言っていないのだ。
そうこうしているうちに、コンテストが始まる。
デジタルチョップの出番は、全十二組の中で、最後から三番目。いいのか悪いのかわからないけど、トップバッターじゃないだけマシだろうか。会場の空気も出来ていない状態で漫才をするのは、ちょっと大変そうだもん。
*****
イマイチのコンビもいれば、めちゃくちゃウケてるコンビもいる。
コンテストは順調に進んでいた。
「もうすぐだね」
翠に囁かれ、私は小さく頷く。
二人とも、大丈夫だろうか。緊張からまた声が小さくなったりしないだろうか。この雰囲気に飲まれて萎縮したりしていないだろうか。告白云々のことなどそっちのけで、私はステージママのような心境で祈るように舞台を見つめていた。
「次だよ!」
パッと舞台に明かりがつき、出囃子のような音楽が鳴る。お揃いのスーツに身を包んだ青い二人が舞台に飛び出すと、会場がざわざわする。うん、インパクト大だ! しかも今日は帽子を脱いで、頭に触角までつけている! 徹底した宇宙人風メイク!
「ちょ、待ってっ、ねぇ、めぐみ……この二人なのっ?」
わなわなと体を震わせ、翠が私の腕を掴む。
「はいどうも~!」
「似てない双子、朝陽と」
「佑也で」
「デジタルチョップ」
「でぇぇす!」
コミカルなポーズをビシッと決める二人。うん、声も出てるし、ポーズもばっちりだ! 会場の反応は……?
「きゃ~!!」
「いや~~!!」
「なになにっ、ちょっと待ってぇぇ」
「かっこいい~!」
……黄色い声……だと?
私は怪訝な顔で辺りを見渡す。周りの女性たちの目が、ハートになっている……ように見えるのは何故なのか。
ハッと舞台に目を移すと、漫才は滞りなく進んでいた。ウケるはずの場所では、笑い半分、黄色い声半分。う~ん、何故?
「そんなバカな!」
「ほんとなんだって! その屋敷からは夜な夜な女の声が……」
「きゃ~!」
「パックがいちまぁい、パックがにまぁい……四枚足りないぃぃ」
「六枚入りだったのネ」
「ハイ、どうもありがとうございました~!」
漫才が、無事、終わった。
瞬間、またしても黄色い声が飛ぶ。
二人はそのまま舞台の上で待つ。ここから審査員との質疑応答が始まるのだ。
「えーっと、まずこれ審査員全員が思ってることなんだけどね」
審査員の一人がマイクを持ち、言った。
「なんでお笑いなの? 二人とも、モデルとかアイドルとか役者とか、他に道、あるよね?」
「は?」
私、思わず声が出てしまう。
いや、確かに朝陽は背も高いし、モデルでもいけるのかもしれない。でも、アイドル? 役者? なんで?
「えっと、俺たち小さい頃からお笑いが大好きで、いつか二人でお笑いの舞台に立ちたいな、ってずっと思ってて」
朝陽が答えると、別の審査員……女性がマイクを奪い取る。
「お笑いなんか勿体無いじゃない! ねぇ、うちの事務所に来ない?」
ビックリのスカウト発言だ。会場からきゃ~!という声が聞こえる。
「待て待て、抜け駆けは困るよさっちゃ~ん」
マイクを取り返して、審査委員長を務めている偉そうな風体のおじさんが言うと、会場から笑いが漏れた。
「率直に言うとね、漫才も悪くなかったよ。でも、その風体で出られちゃ、僕らとしてはどう評価していいかわかんないなぁ」
その風体って、だから……めちゃくちゃ笑いに特化した格好してるじゃない!
私は審査員にそう突っ込みたかった。
「いやぁ、これ、会場審査まずいなぁ」
最後まで審査委員長は意味不明なことを言い、デジタルチョップの出番は終わったのである。
「ちょっと、めぐみっ」
尖がった声を出す翠。気のせいでなければ、鼻息が荒い。
「え? なに?」
「どっちが彼氏? ねぇ。彼氏じゃない方、紹介して!」
「……はぁ?」
私はひたすら困惑したのである。
(続く)



