手際よく洗い物を終えた頃、黒いパーカーにグレーのスウェット姿の藤堂さんがリビングを覗き込んできた。

部屋着姿はまだ見慣れないけれど、下ろした前髪が眼鏡にかかるその柔らかな雰囲気に、胸がふと高鳴る。

「おかえり。すぐ出られなくてごめん」

申し訳なさそうな声が静かな部屋に響き、私はタオルで手を拭きながら笑顔を向けた。

「お仕事お疲れさまです！ご飯これから作りますから、先にお風呂に入られますか？」

すると、藤堂さんは私の隣まで歩み寄り、シンクを見渡して感心したように言った。

「本当にありがとう。片づけまであっという間で、手伝う隙がなかった」

その少し大げさな言い方につられて、つい吹き出してしまう。

「そんな、大した量じゃないですよ」
「いや、本当に助かるよ。昼も作り置きのおかげで集中できた。前は仕事に没頭しすぎて、食事を忘れることなんてしょっちゅうだったから」

彼の「助かる」の一言が胸にじんわりと広がる。

私の小さな行動が、彼の生活に少しでも寄り添えていると思うと、心が温かくなった。

「今日は肉じゃがを作ろうと思ってて」
「肉じゃが？ いいな、俺も手伝うよ」
「え、いいですよ！ 私がやりますから！」
「いや、二人でやったほうが早いだろ。それに全部任せるのも悪いし」

幸せな押し問答に、つい声を立てて笑った。
こんな何気ないやり取りさえ、藤堂さんと一緒だと特別な時間に感じられる。

こうして過ごす日々の中で、私は自然と、彼の優しさに触れ、そして……特別な好意を抱くようになっていた。