敏腕システムエンジニアの優しすぎる独占欲〜誰にでも優しい彼が、私にだけ甘すぎる〜

「木崎さん、ちょっと待ってください!」

今度は、夏目さんが立ち上がって声を上げる。

「私、木崎さんがいないと困るんです!」

——その言葉に、思わず苦笑しそうになった。

彼女の声には、本当の意味での“困惑”なんて微塵もない。あるのはただ、フォローしてくれる人がいなくなる焦りだけ。

「夏目さんなら優秀だから、きっと大丈夫。村上さんや他の先輩方と協力して頑張って」

そう言うと、夏目さんは何か言い返そうとしたけど、結局、口をパクパクさせるだけだった。

「まぁ、君が抜けても問題ないだろう」

騒ぎを聞いていた部長が席を立ち、鼻で笑いながらつぶやく。

「これまで目立った成果もなかったしな。辞めたいならどうぞご自由に。中途半端な引き継ぎなんて要らないよ、すぐにでもいいんだ」

——やっぱり……私のしてきたことは何ひとつとして評価されていなかった。

長年務めてきた会社。辛いことも沢山あったけど自分なりに前向きに取り組んできた仕事に、名残惜しさがなかった訳ではなかった。

けれど、部長の一言でその全てがスーッと消え、清々しい気持ちに包まれる。

「そのお言葉で、安心して決断できます。規則上の最短の退職日でお願いします。有給も残っておりますので残った日付で消化させていただければと」

その瞬間、室内の温度が数度下がった気がした。