忘れられない映画




その週の水曜日。
いつものように鑑賞会が始まろうとしていた。

暗幕で窓からの光はシャットアウトされ、前方にはスクリーン。
照明も落とされ、部室は薄暗くなっている。

私は窓際の端っこの席に座り、ひっそりと映画ノートを開いた。

柊くんはまだ来ていない。

ノートを見られてから、教室でも部室でも、自然と彼の姿を探してしまう。

何がある訳でもないんだけど。
強いて言うなら、変に接点を持ってしまったからなんか気になる。

休み時間スマホで何を見てるのかなとか、部室でどんな風に過ごしていたっけとか。

今まで気に留めていなかったことが気になるようになってしまった。


「じゃあ、電気全部消すよー」

そんな私の思考を遮るように部長の高梨先輩の声が響く。
後方にある出入り口の扉が閉められ薄暗かった照明も更に暗くなった。

私は、かろうじて見える手元のノートに映画のタイトルを書き、スクリーンに映し出された映像を食い入るように見つめた。







《今日の映画は群像劇。
主人公の背中を追うようなカメラワークが面白い。
表情をあまり映さない。
心情を観てる側に委ねられてる感じ。
特に最後のシーンの音楽描写がいい。》

《ずるい!》

最後にそう書き加えたところで部室が明るくなる。

鑑賞会が終わった合図。
2時間の上映はあっという間だ。


気づけば書いていた映画ノートは文字や矢印、マーカーだらけになっていた。

私はノートを両手で持ち、改めて内容を見返す。



「そう?ラストは微妙じゃね?」



背後から声がして、飛び上がるほど驚いた。

素早く振り返るとそこには後ろの席から身を乗り出して私の手元を覗き込む柊くんがいた。

「ちょっ、」

私はノートをバタンっと閉じる。

「い、いつから居たの」

焦っている私をよそに、柊くんは椅子に深く座り直し、背もたれにもたれた。

「すごいね。ガチ分析じゃん」

私の質問は見事にスルーされ、代わりにそんな言葉が返ってきた。

「勝手に見るなんて、さいあく」

「ちょっとだけだよ」

私はギロリと睨んだ。
ちょっとならいいとか、そういう問題じゃないのに。


「それより、俺はラスト好きじゃなかったけどね?ありきたりで」

変わらず椅子にもたれたまま言うもんだから、挑発されているようにも感じた。

「そうかな。主人公のやるせない気持ちと音楽が合ってたし、流れるタイミングもよかったよ。あの音楽、ちゃんと心情を表現してると思う。私はああいうふんわりとしたラストシーンが好き」

一気に喋り終えると、柊くんがキョトンとしていた。
それからすぐに、面白いものでも見たかのような表情に変わった。


「何を観てんの?」

柊くんは椅子にもたれていた体を起こし、今度は机に両腕を置いた。

必然的に近くなった距離に、私は上半身を後退させる。


「な、何って?」

「普通さ、ストーリーとか役者の演技しか見ないよ」

「……」

「楠木さんは“作り方”を見てるんだ?」


言われたことが、すっと心の中に落ちる。

自分でも薄々気付いていた。
私は映画の見方が少しズレている。

はっきりと言葉にして言われたのは初めてだった。

「そんなに分析できるなら、自分で作ってみたらいいじゃん」

「むりだよ。だって、私…」

「観る専?」

遮るように言われ、思わず口を紡ぐ。

柊くんは私の様子を見て、もう一度「観る専ね」と呟く。
何かを考えるように左手で頬杖をつきながら視線をスクリーンの方に向けた。

その周辺では高梨先輩や数人の部員が感想を言い合っている。


「つーか、本当に作ったことない?」

「うん、ないよ」

「ふーん」

私は映画を観て、たくさんのアイデアや工夫を見つけるのが好き。
でも自分から生み出すなんて考えたこともなかった。

だけど、それが変わる瞬間は突然訪れる。





「…じゃあ、一緒に作る?」




部室の窓から、湿った風が吹き込み、髪が首筋にまとわりつく。

そんなジトジトした空気とは裏腹に、私の心にカラカラと爽やかな風が吹いた。




「俺と一緒に部内選考、参加しよう」




楽しそうに笑う柊くんを見たのは、入部してから初めてのことだった。