忘れられない映画




「ご、ごめん、考えごとしてて……どうしたの?」


「落とし物。ん」


「え……あっ?!」


彼が差し出したのは、私が中学の頃から趣味で書いていた“映画ノート”だった。
観た映画の分析をして、好きなように書き留めたノート。

それは、自分の内側が丸出しのような、自分だけの…むしろ他人には絶対に見られたくない物だった。

私は慌てて柊くんの手からノートを奪い取った。



「………見た?」


恐る恐る聞くと、柊くんは「いや」と即答した。
あまりの早さと、どことなく白々しいその表情が信用出来ない。

「本当に見てない?」

「うん」

「本当?」

「見てないよ」

「……」

少し疑いつつも、
さすがに嘘ではなさそうと判断した私はひとまず胸を撫で下ろした。


こんなの見られた日には、私の映研部員人生が終わっていたに違いない。しかも相手は柊保監督の孫なわけだし。




私はフーッと息を吐いてノートをリュックに突っ込むと、階段を降りていく柊くんのうしろを小走りで追いかけた。


「あの柊くん」

「なに」

「部内選考、参加するの?」


興味本位だった。
入部してから1年が経つ。
名匠と呼ばれる映画監督を祖父に持ちながら、彼自信の制作姿は見たことがない。


私の問いかけに、足を止めた柊くんは振り返る。

「しないよ」

短く答えたその様子に、一線をひかれた気がした。
触れちゃいけなかったかな?と軽い気持ちで聞いたことを少し後悔した。



「あ…そうなんだ」



私も自分から聞いておいてそんな返ししかできなかった。


「そういう楠木さんは?」

「え?」

「部内選考出るの?」

「ま、まさか。
私は観る専門だから。作るなんて出来ないよ」

「観るのも才能だと思うけど?」

「いやいや…」


愛想笑いで謙遜するも、内心ドキドキしていた。
観る専なんて、他人に話した事は無い。
自分の秘密をさらけ出したみたいで、なんだか気恥ずかしい。




そんな話をしていたら、あっという間に下駄箱についていた。


「あ、じゃあまた…」

なんとなく気まずい空気が流れたまま、私は下足に履き替えて柊くんに背中を向けた。

普段、部活では誰ともあまり会話をしない。
ましてや柊くんは近寄りがたくてほとんど初めての会話に等しい。
今日に限ってどうして世間話なんて振っちゃったのかな。




「ストップ」



私は背負っていたリュックをまた引っ張られた。


「なっ…なに」

「もしかして鑑賞会も毎回あれ書いてんの?」

「へ?」

「さっきのノート」

映研部では毎週水曜日に部員オススメの映画鑑賞会があって、実はそれがいちばんの楽しみだったりする。
もちろん映画分析が出来るから。

「…えーっと。うん、はい」

「ふーん」



本当はあまり言いたくなかった。
けど柊くんにはノートの存在が知られてしまった。下手に嘘をつくと、今後の鑑賞会で映画分析ができなくなる。
それだけは避けたい。


「え、なんで?」

「なんとなく。
じゃ、おつかれ」

柊くんはそう言っていつの間にか靴を履き替えて校門へと歩き始めていた。



「何だったの…」


その言葉と共に、私の右肩からはズルりとリュックのベルトがだらし無く落ちた。