あとは野となれ山となれ(改)

1時間前。

蝶子は高等部の校門を出て、迎車用の駐車場に向かっていた。
するとその道すがら、路上駐車していた乗用車からスーツを着た男性が降りてきた。

「お帰りなさいませ、蝶子様。お迎えにあがりました」

見覚えのない人物にそう言われ、蝶子は首を傾げる。

「恐れ入りますが、どちら様ですか?」

「これは失礼致しました。私、本日から執事としてお世話になっております、今坂と申します。ご挨拶もせずに申し訳ありません」

今坂は右手を左手の上に重ね、腰を45度に曲恭しく曲げた。お手本のようなお辞儀である。

「いえいえ、今日からの方でしたのね。よろしくお願いいたします。
ところで、本日はいつものリムジンとは違うお車のようですが、どうしたのですか?」

蝶子は今坂の後ろにある白いミニバンを見ながら不思議そうに尋ねる。

「それが、リムジンが故障してしまいまして。急遽こちらで参りました。しかし、花札家のお嬢様がいつもと異なるお車では、他の方も疑問に思われるかもしれないので、このような場所でお待ちしていた次第でございます」

「あらそう。そんなに気を使わなくてもよろしくてよ。わざわざありがとうございます」

「恐れ入ります。さぁお嬢様、お屋敷までお送りいたしますので、どうぞお乗りください」

今坂が後部座席のドアを開け、にこやかな笑みで促す。
その笑顔を蝶子は何やら意味深な顔で見つめていたが、すぐにお嬢様スマイルを向けると素直に乗り込んだ。


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後部座席のドアが閉まると、今坂は運転席に乗り込んだ。そのまま車は静かに発進し、夕陽にてらされた街を走る。

ところが、窓から見える景色がいつもの帰り道と違う街の風景を映す。
沈黙が続いていた車内で、それを破ったのは蝶子だった。

「今坂さん、ちょっといいかしら?」

「はい、なんでしょう蝶子お嬢様」

「どうやらいつもと違う道を走っているみたいだけれど、どこに連れて行ってくれるのかしら?」

そういう蝶子の顔は冷静そのものである。
バックミラー越しにその表情を確認した今坂は薄ら笑いを浮かべた。

「へぇ、やけに落ち着いてるんだな。自分が誘拐されたっていうのに」

今坂は先ほどとは別人のような粗雑な言葉遣いでそう言うと、急に車のスピードを上げた。
しかし、そんな状況にも関わらず、蝶子の様子は1ミリも変わらなかった。

「えぇ。車に乗る前から、あなたが偽物の執事だろうなって思っていたもの」

「それは興味深いね。なんでか教えてほしいね」

「手の組み方よ」

蝶子は実につまらなそうに答える。

「多くのサービス従事者はね、手を組む時は左手を上にして右手を下にするのよ。利き手である右手を隠して敵意がないことを示すためにね。でもあなたは逆だった。
うちほどの家に勤める執事がそれを知らないはずはない。だから怪しいと思っただけ。
どうせ本物の今坂さんには、花札家の人間を装って出勤は別の日になったとでも連絡したのね」

蝶子の話を聞くと、今坂はクククと喉を鳴らした。

「話には聞いていたが大した娘だ。そうか手の組み方か。そんな所で気付くとはさすが花札の時期社長候補だ。バカな姉とは大違いだな」

萩乃の事が出てきた瞬間、蝶子の眉がピクリと動いた。

「でもなぁお嬢ちゃん。それならなんで大人しく車に乗ったのかな?さすがに怖くなっちゃったのかなー?」

ヘラヘラ笑いながら挑発するように言う今坂に蝶子は氷のような視線を向ける。

「理由は2つ。1つ目は、あなたが武器を持っている可能性があるから。私が逃げた事であなたが暴れたら周りに被害が及ぶ恐れがある。
2つ目は、今逃げても後からあなたの仲間が同じような手口で接近してくる恐れがあるから。だったらわざと攫われておいて、今の内に組織ごと潰しておこうと思って。
窓越しに車の中を確認した時に、車内に誰もいないことは分かっていたから、運転中のあなたにすぐ危害を加えられる恐れないと踏んでね」

淡々と話す蝶子だったが、それとは裏腹に今坂はとうとう声を上げて大笑いをした。

「あっはっは!恐れ入った!大した度胸だよお嬢ちゃん。だがな、果たして君にこの組織を潰せるかな?楽しみにしておくよ」

そうしている内に、車は港にある見るからに怪しい廃倉庫に到着した。

(そうね。私だけじゃ無理でしょうね。でも“バカな姉“がいたらどうかしら?)