とりあえず状況を整理しよう。
 私の名前はアイリーン、食べることが大好きな十歳。家族は父と母、ニつ上の兄、そして父方の祖父母だ。家は【トルクゥア】という国の南西部に位置する村の農家で、育てている作物は食用サボテンとナツメヤシの実……デーツ。どちらもこの国では必需品といえるもので、おかげで生活に困らない程度の暮らしができている。今回は両親の仕事の用事にくっついて王都までやってきた。
 若き王エルレン・アユ・トルクゥアの治世の評判は良い、と思う。昔に比べると治安も良くなっているという話を家族がしていたからそうなのだろう。エルレン王の代になってから海の向こうにある大国【ロウ=ファレン】と同盟を結べたことも影響している。王の妹姫が【ロウ=ファレン】の王子と恋仲になり嫁いだことで、両国の関係はより良くなったらしい。妹姫は幼少から体が弱く表に出ることは少なかったけれど、エルレン王の探した治療法で病状が良くなり健康を取り戻したと言われている。
 エルレン王の方は、二十年ほど前に滅亡した国の王女で長らく行方不明だったフィルーゼ・アッシャーラと婚姻を結び、その婚礼が行われたのが私の生まれた年。現在は王子が二人に王女も誕生している。国が豊かで安定しているのは、私たち庶民にも有難いことだ。
 これが、今の私の現状。

「はい、アイリーン」
「ありがとう!」

 王都での宿は階下が食事処になっていて、お母さんがご飯を受け取ってきてくれた。……別に自分で運べないわけではないよ? でも朝は人が多いから、小さな私だとテーブルにたどり着くまでに誰かとぶつかってこぼしてしまう可能性が高い。今日は少し寝坊してしまったので、お父さんとお兄ちゃんは既に食事を済ませて出かけている。
 サボテンサラダと堅焼きというよりビスケットみたいなパン、それに餃子みたいなものが入ったスープ。この国の庶民ではスタンダードな食事だ。保存のためにパンや肉を乾燥させておくことが多いからこそ、サボテンのとろみが食べやすくしてくれる。今回はスープがついているし、喉に詰まらせる心配は少なそうだ。いただきます!
 サボテンサラダにかかってるソースの酸味が爽やかで、昨日の食堂で肉を食べたときと似た風味を感じる。こちらの方が馴染みのある感じがするから、あの独特なスパイスはあそこのオリジナルなんだろうな。スープに浮かんでいる餃子のようなものの具は、残念ながら肉ではなかった。
 餃子、そう、餃子ね。小麦とかの粉で作った皮で具を包むやつ。この国ではそれを餃子とは呼ばない。

 昨日思い出したここではない世界で生きていた記憶。前世の「私」についての記憶は一晩で大分馴染んだようだ。私はアイリーン、それは変わらないけれど、「私」もまた私である、そんな感覚だ。
 「私」は『デザートジュエル〜王女はターコイズの夢を見る〜』がとにかく大好きだった。乙女ゲームなので、ヒロインと攻略対象たちの恋模様がストーリーにも関わってくる。
 ヒロインは滅亡した島国【アッシャーラ】最後の王族のフィルーゼ。
 恋のお相手となる攻略対象は三人で、
 一人目は、舞台【トルクゥア】の次期王となる優秀な王子。
 二人目は、情報提供をしてくれる裏の顔を持つ商人。
 三人目は、同じく国宝の腕輪を探しているらしい盗賊。
 ヒロイン・フィルーゼの見た目も好みだったけれど、一筋縄でいかないたくましい性格も好きだし、攻略対象たちは三人と少なめだけど皆一癖あったのがよかった。そもそもフィルーゼ自身国宝を取り返すのに盗むという非合法な手段を選んでいたので、それぞれのペアでバランスがとれていたと思う。
 現王であるエルレンはストーリーの時点ではまだ王子で、妹姫は対外的には病弱と言われていたけれど、それは生まれつき「呪い持ち」だったからだ。短命が宣告されている妹姫のために、エルレン王子は【アッシャーラ】の王族が持っていたと言われる「解呪の秘宝」を探していた。これがフィルーゼの探していた国宝の腕輪だ。それを探す過程でぶつかったり利害の一致で協力したりとなんやかんやあるわけだ。
 実際のところ解呪の力を持っていたのは王族の血を持つ者で、それは時を経ることにより薄まり、力を増幅させるのに国宝の腕輪が必要だったのだ。最終的にフィルーゼが妹姫の呪いを解き、彼のルートでのハッピーエンドを迎えられる。

 目が覚めてから「私」がとても歓喜しているのを感じる。大好きな『デザートジュエル〜王女はターコイズの夢を見る〜』の世界!推しカプが結婚しているその後の世界!!しかもお子さんもいる!!!これは聖地巡礼でしょ!!!! と興奮気味に主張している。
 戸惑いがありつつも、将来王都で働き口を探すのも悪くないかな、と思っている自分もいる。なんたって、昨日食べた肉がとっても美味しかった。今住んでいる場所ではなかなか新鮮な食材も手に入らない。王都で暮らすとなれば、こんなに美味しいものがもっと食べられるに違いない。食べることがとにかく大好きな私と、そして食にあふれた国で生きていた「私」にも、美味しいものが身近に手に入るのはとても魅力的だった。
 デザジュエの聖地巡礼と、美味しいものを食べること。今生の目標はそれでいこう!