そんな状態が続いたある日、そろそろ休憩に入ろうかという時間帯に予想外の来客があった。
 病院には不釣り合いな強い香水の香りが漂い顔を上げると、そこには一目でブランド品だと分かるコートを羽織ったスラッと背の高い女性が立っている。要件を伺おうとカウンターの前に出るとその女性は見下ろすよう私の名前を口にした。
 「あなたが宮野優茉さん?」
 「はい、そうですが...」
 「私は加賀美 麗奈(かがみ れな)。加賀美製薬社長の娘よ。そして香月先生の婚約者でもあるわ。ここまで言えば分かるかしら?」
 加賀美製薬社長の娘...という事は、もしかしてこの人が先生のお見合い相手...?
 ...あれ?でもなんで私の事を知っているの?それに婚約って...?
 何と言ったら良いか分からず黙っていると「話があるの、ちょっと付き合ってくれる?」そう言われ、ここで話をされても困るので先にお昼休みに入らせてもらい中庭の端にあるベンチへと誘った。

 「あの、どうして私の事を...?」
 「そんなのお父様の秘書に頼めばすぐよ。あなたが先生のマンションに転がり込んでるって事も知っているわ。でも、どうして先生とお付き合いできたの?あなたみたいなただの地味な事務員さんが」
 当然の様に敵意を剥き出しにされ、返す言葉が見つからない上に突然襲ってきた修羅場の様な状況に頭も心もまだ追いついていない。
 「まぁいいわ、先生も気の迷いを起こす事くらいあるわよね。でもすぐに別れてもらうわ。あなた知らないの?先生はもうすぐ私と結婚する事になっているのよ?」
 「え...?」
 「うちのお父様も香月先生の事を気に入っているし、この病院にとっても良いお話のはずよ?今は院長先生がご不在のようだけど、戻られたらこの話はすぐにまとまるわ」
 「...あの、麗奈さんは香月先生の事をよくご存知なんですか...?」
 「もちろん、結婚相手として先生以上に好条件な人はいないもの。その上あんなにイケメンなんて」
 麗奈さんの話を鵜呑みにするつもりはないけれど、あまりに認識の違う話に困惑する。
 「院長も断らないはずよ、加賀美製薬を敵に回すとどうなるかって事くらい分かるはずだもの。次期院長の香月先生だって、それが分からないほどバカじゃないでしょ?」
 「じゃあ、病院のためにあなたと結婚すると...?」
 「そうよ、院長になる為には業界大手のうちとの関係は絶対に必要よ。あなたと結婚しても何のメリットもないでしょ?ご両親もいなくて小さなお弁当屋を営んでいる祖父母に育てられたようなあなたじゃ」
 そう勝ち誇った様な顔で言う麗奈さんは「わかったでしょ?あなたなんて一時の遊びにすぎないわよ。それとも家政婦さん代わり?あのマンションからもすぐに出て行ってよね。もしかして自分のお家ないの?」と挑発するような目でこちらを見ている。
 何も言わない私に、麗奈さんはつまらないという顔をして「とにかく後腐れなく別れてよ?じゃあ、また来るわ」一方的にそう言うと、再び強い香水の香りを撒き散らしながら去って行った。