エリート脳外科医の長い恋煩い〜クールなドクターは初恋の彼女を溺愛で救いたい〜

 翌朝、麻美に連絡をして先生が当直の金曜日に食事へ行く約束をした。
 そして出勤すると、朝から看護師さん達はいつも以上に忙しそうにしている。ここ数日、一年目の看護師相原さんが欠勤がちで人手不足の為、私達も積極的にお手伝いしている状態。
 今日も事務作業がひと段落した所で、お昼ご飯の配膳のお手伝いをしていた。私が担当したエリアはほとんど配り終わり、あとは二日後に退院を控える安田さんというお婆さんだけ。
 「お待たせしました。お食事です」
 トレーをテーブルに置くと、優しい笑みを浮かべて「ありがとうね」と体を起こそうとする彼女だけど、その支えにした右手はガクンと肘から崩れてしまった。体を起こすのを手伝うと、先ほどとは違い弱々しい笑みを浮かべる。
 「ありがとう、ちょっと力が入らなくて」
 「力が入らない事はよくあるんですか?」
 「たまにね。もうすぐ退院だし、看護師さん達忙しそうだから言えなかったんだけど、少し痛みもあるのよ」
 「そうでしたか...」
 私は専門的な知識もないし、口を出せる立場でもない事はわかっているけれど、このまま退院して大丈夫なのかな...?

 どうしても気になり、ナースステーションに戻ると担当看護師の坂口さんに意を決して安田さんの事を話してみた。
 しかし...彼女が作業の手を止める事はなく、こちらを少しも見てくれない。それでも私が話し続けると、あからさまに嫌そうな顔をして「はぁー」とため息をつかれてしまった。
 「そんな事言われても知らないわよ。私は見てないし、先生が退院していいって言ってるんだからそれでいいでしょ?そもそもあなたただの事務員じゃない。そんな事が言える立場なの?気まぐれな事を言って仕事増やさないでよ!」
 そこまで言われてしまうと私も何も言えなくなり、どうしようかと俯いたその時。
 「看護師の発言とは到底思えないな。私は見ていないから関係ない?仕事を増やさないでくれ?...本気で言っているのか?」
 後ろから、地を這うような恐ろしいほど低い声が響いて来た。驚いて振り返ると、そこには背筋が凍りそうなほど冷たく鋭い目をした香月先生が立っている。
 「こ、香月先生...!」
 途端に慌てて言い訳を探している様子の坂口さんに、先生は容赦なく言い放つ。
 「本気で言っているのかと聞いているんだ。事務員だから看護師に意見してはいけないのか?立場は俺たち医者も含め全員対等のはずだ。それに、安田さんの変化に気づけたのは、看護師の坂口さんよりも事務員の宮野さんの方がよく患者さんをみていたからだろう?」
 「そ、それは...」
 「俺たちはチームだ。ここで働くスタッフ全員で患者さんを診ている。それが分からないなら今すぐ外れてくれ」
 先生の迫力に私もすっかり萎縮してしまい、身体が動かなかった。
 「宮野さん、あっちで安田さんの事詳しく教えて」そう言われようやく我に返り、慌てて返事をして先生について行く。

 向かった先は備品倉庫室。何故ここに...?と思いながら中へ入ると、扉がガチャンと音を立てて閉まった途端後ろから抱きしめられた。
 「っ、 先生⁈」
 まさか勤務中の院内でこうされるとは思わず驚いて固まっていると、先生は私の肩を掴んでくるっと身体を反転させ顔を覗き込んでくる。
 「ふっ、なんで優茉が怯えているの?」
 「...え?」
 「俺は間違った事は言っていないと思うけど」
 「はい、私もそう思います。でも、あまりに迫力があったといいますか...」
 「ははっ。優茉に言っているわけじゃないのに、あんまり怯えた顔をしているから。可愛くて抱きしめたくなった」
 そう言いながら、優しい笑顔で頭をぽんぽんとされた。先ほどの恐ろしく冷たい目をした人と、同一人物とは到底思えない...。

 その後、安田さんは追加の検査をし右手の痛みはオペによる後遺症だとわかった。彼女も安心したようで、痛みを和らげながらリハビリ通院となり、予定通り退院する事ができたので私もホッとした。
 坂口さんはその一件があった後、自ら退職届を出しすぐに病院を去って行った。そして欠勤がちだった相原さんは、指導担当だった坂口さんと上手くいかず、挙げ句自分のミスを彼女のせいにしていたそう。
 メンタル的に不安定となり欠勤していたそうだけど、指導担当が風見さんに代わったのでおそらくもう大丈夫だろう。