はるけき きみに  ー 彼方より -

「それで、お前の名前は何て言うんだ? 浜に打ち上げられていたんだから船から落ちたんだろう。もう一人打ち上げられていた男の仲間か?」

 畳みかける彼に、男はゆっくりうなずいた。
「俺の名前はマシュー。イングランドからやってきた、オランダ船に乗ってだ」

「ましゅーだと? いんぐらんどだと? 聞いたこともない言い様だな。そりゃま、異人の言葉だから仕方がないか」

「それで」
 今度は紫音が、
「傷が治ったらあなたは堺の港へ行くの? そこに、そのおらんだ船とやらは着いているのかしら」

「いや、わからない。嵐に遭って船が無事かどうかも。それに・・」
「それに?」

 聞き返されて口ごもった。
 船の船長は、自分らにマストに登れと強要した。あの嵐の中でだ。

 そんな奴に会いたくなどない。
 しかし会わなければ、とも思った。どうやって国に帰ればいいのか分からないのだ。

「堺へ、行けるものなら、行きたいのだが」
 そう言って、ふと顔を上げた。

「もう一人、海岸に打ち上げられた男がいるって?」
「そうだ、お前と同じ若い男だ。そいつも我々の言葉がわかるそうだ。心当たりがあるのか」
「うん、そいつはサジットという男だ」
 乗っていたオランダ船に、他に日本語がわかる者はいない。

「サジットに会えるか? 彼に会っていろいろ話したいんだ」
「ああ、茂吉の家はそう遠くない。お前が歩けるようになったら、そうじゃなくても、そのさじっとという男が歩けたらすぐに会えるさ」

 それを聞いて、マシューは大きく息をついた。

 初めて安堵したような顔になった。