はるけき きみに  ー 彼方より -

 夕刻の台所に包丁の音がコトコト響く。
 そこにマシューがひょいと顔を出した。

「紫音、ちょっと教えてほしいことがあるんだ。日本の文字を確認しておきたいんだよ。今度の商談に必要だからね」

 さっき、近江屋の使いが来たのだ。
 明日から通訳をやってもらいたいのだと。フライロート号で商品の取引をしたいのだと。

「まず確かめたいのは数字なんだ。one、twoは、漢字で一、二と書くよね。それで、三までは単純で分かりやすいんだ」

 マシューが使っている部屋、そこの机で紙と筆を用意した。

「でも、そのあとの four、四という数字からちょっとやっかいになるね。五、六、七・・とすべて違う形になるのだから」
「あ、そういえばそうね」

「おまけに、例えば七は『しち』ともいうし、『なな』ともいうよね。こんなふうに別の言い方がある。これが通訳泣かせと言うのか、意外に難しいんだ」

「なるほどね。それから人によったら四を『し』と言うこともあるのよ。発音によっては『しち』に聞こえるかもしれないわ」
「え? それは紛らわしいな。会話の中でそんなふうに言われたら間違うかもしれない」

 商談だから売り買いの数字は頻繁に出てくる。
 そのすべてを文字にすればいいのだが、交渉中の値段はすぐ変わっていく。品数が多ければなおさらだ。これをどうするか。