「丹波様は・・」
小声で話しかけられた。
石川が紫音の側へ来ていた。
「ほんとうに操舵輪というものを作られたのですね」
ヒゲの男は、鹿島を呼んでくると退席していた。
その隙間を縫うように会話を進める。
「いかにも丹波様らしいご発想です。地区のために排水の装置を作られるなどと」
「そうです、あの方はいつも民のことを考えておられたのだ」
別の青年が言った。
紫音が彼を見る。
「・・あなたは、確か」
役所からの用事で篠沢邸を訪れる侍が何人かいた。
その中に彼もいたのだと思い出した。
「そうです、田中と申します」
彼は頭をかいて、
「でもちょっとつらいな、石川のことは覚えていたのに私のことは・・」
「おい田中、お嬢さまに向かってなんという口の利き方だ」
石川が諭して互いを見る、そしてふっと笑い合った。
「田中の他にも同志は大勢いるのです、それほど丹波様は人望がおありでしたから」
「そうです、それは時が経っても変わるものではありません」
ほかの侍も続ける。
紫音の声がつまった。
涙が込み上げてきて、それを必死でおさえた。
彼らは居住まいをただした。
頭を下げて、
「紫音さま、この一年の不遇をお察しいたします」
「我われの力が及ばず、丹波様はあのような不当な扱いを受けられて・・」
「誠に申し訳なく、この通りでございます」
ヒゲの前では言えない思いを吐露していた。
『なかには気のいい連中もいるのだよ』
前に父が言っていた。
『役人とは民の上に立って罪を裁くこともある。だが、温情ゆえに冷徹になり切れない者がいる。職務上はどうかとも思う、しかし彼らがいてこそ民が息をつく場所が出来る、そういうことなのだ』
と。
◆ ◆ ◆
小声で話しかけられた。
石川が紫音の側へ来ていた。
「ほんとうに操舵輪というものを作られたのですね」
ヒゲの男は、鹿島を呼んでくると退席していた。
その隙間を縫うように会話を進める。
「いかにも丹波様らしいご発想です。地区のために排水の装置を作られるなどと」
「そうです、あの方はいつも民のことを考えておられたのだ」
別の青年が言った。
紫音が彼を見る。
「・・あなたは、確か」
役所からの用事で篠沢邸を訪れる侍が何人かいた。
その中に彼もいたのだと思い出した。
「そうです、田中と申します」
彼は頭をかいて、
「でもちょっとつらいな、石川のことは覚えていたのに私のことは・・」
「おい田中、お嬢さまに向かってなんという口の利き方だ」
石川が諭して互いを見る、そしてふっと笑い合った。
「田中の他にも同志は大勢いるのです、それほど丹波様は人望がおありでしたから」
「そうです、それは時が経っても変わるものではありません」
ほかの侍も続ける。
紫音の声がつまった。
涙が込み上げてきて、それを必死でおさえた。
彼らは居住まいをただした。
頭を下げて、
「紫音さま、この一年の不遇をお察しいたします」
「我われの力が及ばず、丹波様はあのような不当な扱いを受けられて・・」
「誠に申し訳なく、この通りでございます」
ヒゲの前では言えない思いを吐露していた。
『なかには気のいい連中もいるのだよ』
前に父が言っていた。
『役人とは民の上に立って罪を裁くこともある。だが、温情ゆえに冷徹になり切れない者がいる。職務上はどうかとも思う、しかし彼らがいてこそ民が息をつく場所が出来る、そういうことなのだ』
と。
◆ ◆ ◆

