はるけき きみに  ー 彼方より -

「もう青々と育っているのね」

 紫音はあたりの田を見て言った。
 一面に植えられた稲が風を受けて揺れている。

 八重もそれを眺めて、
「ここの百姓も篠沢さまに感謝しながら米を作っているのですよ。水が無ければ育たない、あり過ぎて洪水になっても枯れてしまうのだから。あの操舵輪のおかげだと彼らは申しております」

「そう、よかったわ。それを聞いて父も喜ぶと思うわ」

 ふと八重がくもる。
「ほんとうに旦那さま、篠沢丹波様はどうしてあのようなことになったのか」

「今さら言ってもしようのないことよ。もう父はこの世にはいないのだもの」

「いえ、一部の者はまだあきらめていないのです。必ずやあの不可解な事件の真相を突き止めるのだと、そして真の犯人を暴き出すのだと」

「・・それは、あの石川さんたちの言葉ね」

「そうです。彼らは丹波さまの腹心でした、だからこそ力を尽くすのだと。ときどき私の家に来て、お嬢様、紫音様の近況を聞いているのです。あの下乃浜でどうお過ごしなのか、と」

「でもあれから一年も経つのよ。もうどうしようもない事だと思うわ。石川さんたちが無理をしなければいいのだけど」

 そう言って吹っ切るように空を見た。
 真っ青なそこに千切れ雲が浮かんでいる。

 そんな二人のあとから徳三が歩いていた。

 不可解な事件? 真の犯人を暴き出す?
 自分にはわからないことだ。

 ただ一年前、紫音は突然下乃浜にやって来た。

 浜にあった廃屋を数人の男が片付けた、そしてそこに住み着いたのだ。

 若い娘が一人暮らしを始めた、その様子は人目を引いた。
 しかし奇異な目でみられても紫音は穏やかに笑っている。

 そのうち地元民から貝や海藻を採る術を教わるようになった。
 お嬢さま然とした彼女のそんな行動がまた話題になった。

 自分の噂をされている、それも詮索という奇異な目で見られている。
 それがわかっているだろうに本人は屈託なく笑っていた。

 その明るさにほだされていった。
 いつの間にか紫音が下乃浜にいるのが当然のようになっていた。

 そしていま・・。
 二人のなにやら深刻そうな話しが耳にこびりついていた。


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