はるけき きみに  ー 彼方より -

 その途中で、鹿島から声をかけられた。
『係の者から聞いたのだが、役人が給与の前借りなどと聞こえが悪いだろう。何ならわしが用立ててやろう。その代わりと言っては何だが、少々頼みがあるのだ』
 畳みかける勢いだった。

『なに、どうということはない。明日の懇親会で、丹波殿の奥方に一献差し上げてもらいたいのだ。わしが直接行ってもいいのだが、さすれば香苗殿も気をつかわれよう。だから関田、お前が代わりに徳利を持って行ってほしいのだ』

『徳利、でございますか。私が持っていくのですか』
 さすがに裏があるのではと感じた。なぜ丹波の妻だけに酒を勧めようというのか。

 しかし病床の母の薬代が積もり積もっていた。
 迷っている関田に、
『どうということもない酒だ、心配はいらぬ。それより勘定方が噂しておったぞ、関田は新人のくせに給与の前借りを申し出るのかとな。役所では評判になっておる、だからわしの耳にも入って来たのだ』

『・・あの、丹波様の奥様に、そのお酒を勧めるだけで、よろしいのでございますか』
『もちろんだ、お前に迷惑をかけることはない。それだけの事なのだ』

 だが、実際はそれだけ(・・・・)ではなかった。
 香苗は意識がもうろうとなった。

 鹿島はそれを見て関田に命じた、香苗を別室に連れて行けと。

『べ、別室・・でございますか?』
 ことの次第を察した、断ろうとする。

『たがお前はもう酒を勧めてしまったのだ。その手で盃に入れて飲ませたのだからな。言わばこれは共犯だ、断るなど出来ないだろう?』

 嵌められたのを感じた。

 やむなく香苗を別室に連れて行く。
 そして鹿島と入れ替わって部屋を出た。