はるけき きみに  ー 彼方より -

「だとしたら、鹿島様に報告を。いや待て、そんなことをしたら大変だ。こともあろうに斉極屋の娘を誘拐したとわかったら、烈火のごとく怒って私の立場が・・」
 そこまで言ったときだった。

「本当なのかっ、それは!」

 当の鹿島が立っていた。
「よりによってあの者の娘を誘拐したというのか。それもこの屋敷の地下に監禁しているのだと?」

 考えれば思い当たることがあった。
 十日ほど前に、斉極屋が当屋敷を訪れたのだ。

 面識もない者がなぜ急に、と思った。
 だが対面すると慇懃に頭を下げてくる。
『大陸渡来の茶碗をご進呈致いたしたく』

 それは正真正銘の名器だった。
 相好を崩して見ていた鹿島は気付かなかったのだ。

 斉極屋に冷気が漂っていることを。
 目に暗い怨念の火がともっていることを。

 ああそうだ、あのとき斉極屋はこうも言っていた。
『このご邸宅には大和川の分水が流れているのですね。拝見したところ、お屋敷の石垣から流れ出ているようですが』

 鹿島を凝視してから、
『そこには、何かのお部屋でもあるのでしょうか』

 あのときは邸内の様子を探っていたのだ。
 姉妹が監禁されているだろう地下室の位置を確認していたのだ。

 しかし、と頭をひねる。
 石垣から流れ出る分水だと?
 そこに何かの部屋があるのでしょうかだと?
 なぜあの地下室を特定できたのだ。なぜそこに娘がいると推測できたのか。

 鹿島は知らなかったのだ、加奈が書いた血染めの小袖の一件を。
 それが大和川を流れて役人に渡り、とどのつまりは斉極屋が知るところになったということを。