はるけき きみに  ー 彼方より -

 一人になってまた浜を見た。
 果てるともなく波が打ち寄せている。

 ああそうだ、と思った。
 悪いことばかりじゃないと言ったのはあの老牧師だ。
 彼の口癖だった。

 教会に訪れたマシューにおやつを差し出した。
 それは小麦粉を練って焼いた手作りらしい素朴なものだった。

 老牧師はそれを勧めて、
「これは【おやつ】というのですよ」
 聞き慣れない言葉を発した。

 お・や・つ?

「そう、日本という国の言葉なのです」

 おやつ、も、にほん、も腹をすかした少年の耳を素通りする。
 形は不格好だが素朴でおいしい焼き菓子にかぶりついていた。

 牧師は次の日もおやつを食べにいらっしゃい、と言った。
 しかしテーブルにそれはなかった。

 牧師は一枚の紙を見せた。
 そこには、【todana no naka】 と書かれていた。

『半分日本語なのですよ。さあ、おやつがどこにあるか当ててごらんなさい』
 彼の目は部屋の戸棚を示していた。

 半分開いた戸から皿が見えている。
 マシューはまっすぐそこに駆けて行った。

 次の日は、【とだな の なか】と書かれていた。
 おやつは同じところにあった。
 その次は、【戸棚の中】だった。

 おやつの隠し場所は、机の下、や、台所の引き出し、に変わっていった。それでも次々にマシューは見つけてしまう。
 そうしているうちに、いつの間にか彼の中に日本語が入っていった。