はるけき きみに  ー 彼方より -

 この付近の女たちの声を耳にすることがある。
 漁師である夫とのやりとり、女同士での会話はいかにもがさつだった。
 潮風に吹かれてだみ声にでもなったのか、まるで男のような話し様だ。
 
 だが紫音はそんなものはかけらもなかった。
 
 そう、サジットが言う南の国の宮殿に出も住んでいそうな、そこの姫君でもありそうな、そんな雰囲気があるのだ。

 しかし、とも思う。
 彼女の違う一面をマシューは知っていた。

「これ、あなたのお口に合うかしら」
 浜辺から帰った紫音は桶を持っていた。

「ハマグリなの、磯でとって来たのよ。それで砂を吐かせなきゃいけないんだけど」
 とその桶を覗き込む。

 そのとき悲鳴をあげた。
 キャーッという声にマシューが駆け寄ろうとする。
 しかし足がまだ完治していなかった。

 その場で動けずにいると、
「だいじょうぶよ」
 どこか間の抜けた声がした。

 彼女の顔は水に濡れていた。
 ハマグリが潮を吹いたのだ。

「だって仕方がないでしょう、顔中水浸しになったんだもの」
 バツが悪そうにぷっとふくれた。
 驚いて土間に尻餅をついていたのだ。

「そうだ、悪いのはそのハマグリだ、やつが悪いのだ、絶対にね」
 まじめくさって答えた。

 紫音が目を丸めた。
 顔を見合わせた、そして同時に噴き出した。

 あははは・・と笑い声が続く。
 狭い家に二人の声が響いていた。


 それを思い出して口角をあげる。
 そんなマシューをサジットが覗き込んだ。

「あ、いや、なんでもない」
 と肩をすくめてから、
「やっぱり堺へ行くしかないんだろうな」

「それなら早く足を治してくれよ。話はそれからだ」