「いい景色ね」
「ああ、君のお陰だ」
歩いていると、将棋サロンが賑わっていることがガラス越しに分かる。道にあるガチャガチャの中には光る将棋駒が入っていたりする。
「いつか彼のような人は現れるかしら」
私の言う"彼"が誰なのか、名前を出さなくても分かる。あの人の将棋を見た人なら誰だって魅了される。
「必ず現れるさ」
前世で彗星のように現れた最年少中学生棋士。誰よりも深く誰よりも先まで手を読み、最善を追求する王道の将棋を指す絶対王者。まるでサーカスのような掟破りの手で見ている者の度肝を抜き、最後にはその手が最善だったのだと証明するような構想を実現してみせる。あまりにも美しく綺麗で、人の胸を打つ将棋を指していた。
――まだ、あそこまで感動する棋譜を見たことがない。
「私たちが舞台をここまで整えたんだぞ? 現れないわけがない」
「……そうね」
私たちは歳をとった。
もう彼はヒーローと呼べるような見た目はしていない。快活なお爺さんだ。……私もそう。ヒロインなんかにはとても見えない。皺がいっぱいの少々勝ち気なお婆さん。
「私たちが主人公でなくたっていいのよね」
「そうだ。私たちがいなければ主人公など現れることすらできない。それだってずいぶんと立派な立役者じゃないか」
「ええ」
「そんな人になりたかったんだ」
どうして過去形なのとは聞かない。聞かなくたって分かるほどに私たちは一緒に過ごしてきた。
「次に生まれ変わるなら、建築士になる?」
主役が活躍する建物を設計する側になりたかったと聞いた。世界にはたくさんの主役がいる。そんな人たちの舞台を考える側にまわりたかったと。
今は少し考え方を変えたらしい。
誰もが主役なんだと。
ラッキーなことに国を支えられる身分なんだから、広く浅くになるかもしれないけれど、人々の生活の全部を支えるんだと。
今はその意志を息子が継いでいる。
「どうかな。女流棋士の旦那さんにはなりたいかな」
目配せしちゃって、まったく。
「ああ、君のお陰だ」
歩いていると、将棋サロンが賑わっていることがガラス越しに分かる。道にあるガチャガチャの中には光る将棋駒が入っていたりする。
「いつか彼のような人は現れるかしら」
私の言う"彼"が誰なのか、名前を出さなくても分かる。あの人の将棋を見た人なら誰だって魅了される。
「必ず現れるさ」
前世で彗星のように現れた最年少中学生棋士。誰よりも深く誰よりも先まで手を読み、最善を追求する王道の将棋を指す絶対王者。まるでサーカスのような掟破りの手で見ている者の度肝を抜き、最後にはその手が最善だったのだと証明するような構想を実現してみせる。あまりにも美しく綺麗で、人の胸を打つ将棋を指していた。
――まだ、あそこまで感動する棋譜を見たことがない。
「私たちが舞台をここまで整えたんだぞ? 現れないわけがない」
「……そうね」
私たちは歳をとった。
もう彼はヒーローと呼べるような見た目はしていない。快活なお爺さんだ。……私もそう。ヒロインなんかにはとても見えない。皺がいっぱいの少々勝ち気なお婆さん。
「私たちが主人公でなくたっていいのよね」
「そうだ。私たちがいなければ主人公など現れることすらできない。それだってずいぶんと立派な立役者じゃないか」
「ええ」
「そんな人になりたかったんだ」
どうして過去形なのとは聞かない。聞かなくたって分かるほどに私たちは一緒に過ごしてきた。
「次に生まれ変わるなら、建築士になる?」
主役が活躍する建物を設計する側になりたかったと聞いた。世界にはたくさんの主役がいる。そんな人たちの舞台を考える側にまわりたかったと。
今は少し考え方を変えたらしい。
誰もが主役なんだと。
ラッキーなことに国を支えられる身分なんだから、広く浅くになるかもしれないけれど、人々の生活の全部を支えるんだと。
今はその意志を息子が継いでいる。
「どうかな。女流棋士の旦那さんにはなりたいかな」
目配せしちゃって、まったく。



