あれから、長い時間が過ぎた。

 私の大好きな王子様は大好きな国王陛下になり私は王妃になり――、そしてもう引退した。

 すっかり将棋の都となった王都をゆっくりと二人で歩く。昔のようにスタスタとは歩けない。あちこち痛いし体のバランスもとりにくくなった。彼の赤い髪も私の水色の髪も、ほとんど白に染まっている。

 そこかしこに将棋盤付きのベンチが設置してある。各自で駒を持ってきて大人も子供も将棋を楽しんでいる。前世でも将棋の町、加古川にはそんなベンチがあった。私たちはそれを真似しただけだ。

 世界中に将棋も広めた。タイトル戦は各国で定期的に開かれる。熱狂的な将棋ファンも多数現れ、多くの協力者によって識字率も上がり生活水準がどの国も大幅にアップした。

 将棋愛好家が増えれば増えるほど天才が現れる確率は上がり、それは人々を魅了する棋譜が多く残されることを意味する。

 ――最高の棋譜を求め、世界中が立ち上がった。

「やっぱりここ、現実じゃないわよね。天国よね。何もかも上手くいきすぎよ」

 新緑が眩しい。
 柔らかな風が心地いい。

「天国だと思ってもらったのなら嬉しいが、宇宙進出まではできなかったから現実なんじゃないか?」

 彼との間に子供は二人。
 男の子と女の子だ。
 既に孫もたくさんいる。
 
「絶対違うわ。なんで漢字があるのに名前がカタカナなのよ。そんななんでもありの世界で宇宙進出できなかったのだけは納得いかないわ」
「そのうちできるさ」
「……そうね。きっと、そのうちできるわね」

 多くの人の熱意に押され宇宙進出に向けて積極的に各国で研究はされているものの……前世でのインターネットを魔法でもって実現する方が早そうだ。あらゆる方面から可能性を探っている。

 プロ棋士や女流棋士制度もつくった。

 私たちはどちらにもなれていない。国王陛下と王妃にはなれたけれど、棋士にはなれなかった。

 ――努力をする凡人は努力をする天才には敵わない。

 私たちの棋力を凌駕する人は、将棋人口が増えるほどにたくさん現れた。指導対局をする側ではない。私たちは受ける側。無双できたのは最初だけだ。どんどんと多くの人に追い抜かれていった。

 悲しくはない。
 だって、私たちがいなければ彼らはその才能に気付きもしなかったのだから。