「そんなこと、できるのかな」
「言い出したくせに」
「そうだけど」
「目指すことはできる」
「そうね、目指すことは」
将棋の手には人柄も現れる。一度対局すれば、相手のことがなんとなく分かる。あらゆる手が考えられるところで、守るのか攻めるのか。負けそうなところで、どんな手を放つのか。
私は勝ちそうだった。それなのに、プロポーズ予告を受けて読みの精度が落ちて詰み損なって負けた。
でも、私が詰み損なったら負けるような局面にもっていったのは彼の実力だ。たった一手で奈落の底に落ちるような局面に誘導した。先を見通せる力は確かにある。
「あなたとなら、目指してもいい気になってきたわ」
「よかった……」
アルマート様がへなへなと座り込んだ。
「どうしたのよ。結婚の約束ならさっきしたじゃない」
「あんなに観客がいて断れるわけがないだろう。仕方なく受け入れたのかと思った……。いや、仕方なく受け入れたんだろうな。だから、少しでも表彰式の前に私のことを知ってもらおうとここに来たんだ。今から君は、私の未来の奥方として扱われる」
誠実で卑怯な男だ。
断れないと分かっていたからあの場所でプロポーズしたのね。そのうえ勝つための心理戦にも利用した。
案外、王子向きの性格なのかもしれない。
――ここはどんな世界なのだろう。
死んでここに来るのなら間違いなくあの世だ。自分の願いが叶う天国だというのなら、女流棋士になる夢を見せてくれたっていいのに、ここにそんな職業はない。
そして、ここには棋譜もない。AIもない。勉強しようにも……材料がない。過去の記憶と自分で考えるしかない。考えた手が最善かどうかヒントも何もない。前世での日課を続けることすらできない。大きな喪失感の中、将棋大会の開催は希望でもあったけれど、素人だらけの対局に絶望したのも事実。
彼はさっき、「どうしてこんな世界にと思ったが、君がいてくれるからだったんだな」と言った。
「どうしてこんな世界にと私も思ったけれど……」
「ああ」
「あなたがいてくれるから――」
「…………っ!」
「だったらいいわね」
「はぁぁぁぁ!?」
そんなまたすっごい顔して。
「今のは私がいるからだと断言するところだろう!? めちゃくちゃ期待したぞ!? おまっ、今俺を天国から地獄に突き落としたことは自覚しているのか!?」
俺とか言っちゃってるし。
こんな早くにそこまで思えるわけないじゃない。この王子は思っているようだけど。せっかちな熱血タイプなのかな。
「対局中に私にプロポーズ予告をして天国から地獄へと突き落としたくせに」
「ぐは!」
ほんっと、コロコロ表情が変わる人ね。
「ごめん。悪かったよ、レベッカ嬢〜……」
そんなこと言って。今、あの場面に戻ったとしても勝つために同じことをするくせに。
――でも、それでこそ王子だ。
「レベッカでいいわ」
「え」
「私を妻にするんでしょう?」
「あ、ああ! レベッカ! 私のことはアルでいいぞ。大切にするからな。君の希望通りの将棋ライフを実現する。難しいかもしれないが」
彼の次の言葉は予想できる。
ここには棋士がいない。だから強い棋士の棋譜もない。前世にあった将棋ライフを実現することは難しい。でも――、
「「目指すことはできる!」」
ノックの音が響く。表彰式の準備が整ったのだろう。私たちは笑顔で見つめ合う。
彼の話しぶりから、この世界のゲームをプレイしたことはないのだろう。私もない。私たちがどんな恋愛過程をゲームで迎えていたのかは分からないけれど――。
将棋は私たちの間に愛を生み出した。
私は見つけたんだ、この世界で。
これからも一緒にいたいと思える人を。
「言い出したくせに」
「そうだけど」
「目指すことはできる」
「そうね、目指すことは」
将棋の手には人柄も現れる。一度対局すれば、相手のことがなんとなく分かる。あらゆる手が考えられるところで、守るのか攻めるのか。負けそうなところで、どんな手を放つのか。
私は勝ちそうだった。それなのに、プロポーズ予告を受けて読みの精度が落ちて詰み損なって負けた。
でも、私が詰み損なったら負けるような局面にもっていったのは彼の実力だ。たった一手で奈落の底に落ちるような局面に誘導した。先を見通せる力は確かにある。
「あなたとなら、目指してもいい気になってきたわ」
「よかった……」
アルマート様がへなへなと座り込んだ。
「どうしたのよ。結婚の約束ならさっきしたじゃない」
「あんなに観客がいて断れるわけがないだろう。仕方なく受け入れたのかと思った……。いや、仕方なく受け入れたんだろうな。だから、少しでも表彰式の前に私のことを知ってもらおうとここに来たんだ。今から君は、私の未来の奥方として扱われる」
誠実で卑怯な男だ。
断れないと分かっていたからあの場所でプロポーズしたのね。そのうえ勝つための心理戦にも利用した。
案外、王子向きの性格なのかもしれない。
――ここはどんな世界なのだろう。
死んでここに来るのなら間違いなくあの世だ。自分の願いが叶う天国だというのなら、女流棋士になる夢を見せてくれたっていいのに、ここにそんな職業はない。
そして、ここには棋譜もない。AIもない。勉強しようにも……材料がない。過去の記憶と自分で考えるしかない。考えた手が最善かどうかヒントも何もない。前世での日課を続けることすらできない。大きな喪失感の中、将棋大会の開催は希望でもあったけれど、素人だらけの対局に絶望したのも事実。
彼はさっき、「どうしてこんな世界にと思ったが、君がいてくれるからだったんだな」と言った。
「どうしてこんな世界にと私も思ったけれど……」
「ああ」
「あなたがいてくれるから――」
「…………っ!」
「だったらいいわね」
「はぁぁぁぁ!?」
そんなまたすっごい顔して。
「今のは私がいるからだと断言するところだろう!? めちゃくちゃ期待したぞ!? おまっ、今俺を天国から地獄に突き落としたことは自覚しているのか!?」
俺とか言っちゃってるし。
こんな早くにそこまで思えるわけないじゃない。この王子は思っているようだけど。せっかちな熱血タイプなのかな。
「対局中に私にプロポーズ予告をして天国から地獄へと突き落としたくせに」
「ぐは!」
ほんっと、コロコロ表情が変わる人ね。
「ごめん。悪かったよ、レベッカ嬢〜……」
そんなこと言って。今、あの場面に戻ったとしても勝つために同じことをするくせに。
――でも、それでこそ王子だ。
「レベッカでいいわ」
「え」
「私を妻にするんでしょう?」
「あ、ああ! レベッカ! 私のことはアルでいいぞ。大切にするからな。君の希望通りの将棋ライフを実現する。難しいかもしれないが」
彼の次の言葉は予想できる。
ここには棋士がいない。だから強い棋士の棋譜もない。前世にあった将棋ライフを実現することは難しい。でも――、
「「目指すことはできる!」」
ノックの音が響く。表彰式の準備が整ったのだろう。私たちは笑顔で見つめ合う。
彼の話しぶりから、この世界のゲームをプレイしたことはないのだろう。私もない。私たちがどんな恋愛過程をゲームで迎えていたのかは分からないけれど――。
将棋は私たちの間に愛を生み出した。
私は見つけたんだ、この世界で。
これからも一緒にいたいと思える人を。



