もう一度、あちらに転生したのならなれるかもしれない。もうこの世界の方が将棋人口は多い。女流棋士になれる可能性ならあちらの方が高いはず。

 先のことなんて分かるわけがない。そもそも今の記憶が保持できるはずがない。

 それでも――。

「あなたがいるから、この世界に私は来たのね」
「――――!」

 夢が叶う人もいる。
 叶わない人もいる。

 でも、私は幸せだった。
 これからも最期の時を迎えるまで私は幸せであり続けるだろう。

「この年齢になって、やっとそれを言うのか君は……」

 え。なによ、その反応。好きだとか愛してるだとかは今まで散々言ってきたんだけど。

「感動の言葉はないの?」
「遅すぎる。あまりにも遅すぎる」
「もしかして、待ってたの?」
「そうだよ、何十年も前から。君にプロポーズをしたあの日から」

 知らないし。
 早く言ってよ。

「はぁ……もうこの世界に心残りはないな」
「縁起でもないからやめて。今すぐ倒れてもおかしくない年齢なのよ」
「君は変わらないな」

 ……なにがよ。
 
「私を導いてくれるんだ」
「今の私の言葉は、あなたをどこに導いたのかしら」
「えっ……うーん、長寿かな」

 もう長寿じゃない。
 適当にしゃべってない?

 私たちの紡いできた歴史は全てキラキラと輝いている。もう……昔のようには生きられない。老いはリアルに私たちを襲い、目も耳も記憶力も発想力も何もかもが衰えているのを感じる。あの頃の棋力すら私たちにはもうない。

「君が生きてほしいと望むなら、どれだけでも」
「ええ。一緒にまたまだ生きましょう。明日にだって、今まで見たこともないような感動的な対局があるかもしれないのよ?」
「ははっ、そうだな」

 いつだって将棋は私たちと共にあった。
 そうして手に入れたんだ。
 
 ――とびっきり最高の充実した人生を。


 ◆


 彼らの死後、世界中が悲しみその功績を讃えた。ゆかりのある場所には献花と献駒が絶えない。将棋の創始者として彼らの名前は歴史に刻まれ、その名前はこれからも忘れられることがないだろう。

  
 ◆

  
 日本のとある場所。
 とある町のどこかで、誰かが誰かに話しかける。

  
「ねぇ。昨日さ、将棋教室に見学に来ていたよね」
「う、うん」
「将棋、好きなの?」
「うん。好きだからお母さんに連れていってもらったの」
「俺も少し前から入ったんだ。名前はなんていうの?」

 
 ――将棋は何者をも拒まない。

 あなたの隣にも、いつだってそこに。


〈完〉