――人生、何があるか分からないわね。
人々の歓声を浴びながら、闘技場の反対側に現れるだろう王子様を待つ。
私はなぜか乙女ゲーム『お姫様になりたい!』のヒロイン、レベッカ・ジェラートという落ちぶれた貧しい貴族の令嬢に転生してしまった。
このゲームの内容は詳しく知らない。友人が雑誌の切り抜きを学校に持ってきて語るのを適当に相槌を打ちつつ聞いていただけだったからだ。キャラの絵には見覚えがあった。私は間違いなく、あのゲームのヒロインだ。
そして、もう一つだけはっきりと分かることがある。この国の王子アルマート・フレグラも、私と同じく確実に転生者だ。
なぜ分かるかって?
こんないかにもなヨーロッパ風の世界で、将棋大会が開かれることになったからだ。貴族の全てにルールや基本的な戦法、囲い方についての分厚い説明書が配られた。乙女ゲーム世界のせいか、言語だけは日本語で漢字も存在している。和洋折衷どころではない。ごった煮だ。
そうして長い期間をかけてトーナメント戦が行われ、私は予選からどんどんと勝ち抜き、とうとうこの国の王子アルマート様との一騎打ちの場まで上りつめた。
「やるではないか、レベッカ嬢。まさか君が私との対決の場まで辿り着くとは思わなかったぞ」
この将棋闘技場に颯爽とアルマート様が現れた。人々の歓声が地響きのようだ。この闘う場において、私たちの声が観客席にまで響くように魔法でもって設計されている。さすが乙女ゲーム世界、なんでもありだ。
元々、この闘技場は貴族同士が自分たち自慢のお抱え騎士を戦わせる場であったはずなんだけど……この暑苦しそうな王子、赤髪に真っ赤な瞳のイケメン男が「これからは頭脳戦の時代だ」とか言って将棋闘技場に変えてしまった。
私は涼しげにたなびく水色の髪をかきあげ、水色の瞳を細めて不敵に笑ってみせる。
「あら、大して私を知りもしないのに見くびっていたのかしら。先に言っておくわ。私は研修会に所属していた女よ!」
「なにぃ!?」
やはり王子、転生者だったらしい。将棋を指して研鑽を積む場、研修会。そんなもの、この世界にはない。知っているのは転生者しかいない。
そして、おそらく実力は私の方が上だ。本戦からはアルマート様も参戦している。いわゆるシードだ。彼は無双するように勝ちまくっていたものの、将棋すら存在しなかったこの世界の住民はド素人だ。トーナメントの棋譜も公開されていて好きに市庁舎で見ることができる。勝っていたとはいえ、彼は趣味で多少嗜んでいた程度の愛好家だろう。そんな棋力だと棋譜からうかがえた。
「も、もしや奨励会を目指して!?」
「い、いえ、そこまでは……でも女流棋士になれたらとは……」
ちょっと覇気がなくなってしまったわね。
奨励会に入って女性初のプロ棋士になりたいと思ったこともあった。でも……どうやっても敵わない天才を何人も目の当たりにして、そこまでは無理かなと諦めた。中学生になっても、才能のある小学生に負かされる。その天才性を見せつけられる。それでも彼らのほとんどは……プロ棋士になれない。そんな世界。
駄目よ、悲しい過去を思い出しては。気持ちで負けては勝てる相手にも勝てない。
人々の歓声を浴びながら、闘技場の反対側に現れるだろう王子様を待つ。
私はなぜか乙女ゲーム『お姫様になりたい!』のヒロイン、レベッカ・ジェラートという落ちぶれた貧しい貴族の令嬢に転生してしまった。
このゲームの内容は詳しく知らない。友人が雑誌の切り抜きを学校に持ってきて語るのを適当に相槌を打ちつつ聞いていただけだったからだ。キャラの絵には見覚えがあった。私は間違いなく、あのゲームのヒロインだ。
そして、もう一つだけはっきりと分かることがある。この国の王子アルマート・フレグラも、私と同じく確実に転生者だ。
なぜ分かるかって?
こんないかにもなヨーロッパ風の世界で、将棋大会が開かれることになったからだ。貴族の全てにルールや基本的な戦法、囲い方についての分厚い説明書が配られた。乙女ゲーム世界のせいか、言語だけは日本語で漢字も存在している。和洋折衷どころではない。ごった煮だ。
そうして長い期間をかけてトーナメント戦が行われ、私は予選からどんどんと勝ち抜き、とうとうこの国の王子アルマート様との一騎打ちの場まで上りつめた。
「やるではないか、レベッカ嬢。まさか君が私との対決の場まで辿り着くとは思わなかったぞ」
この将棋闘技場に颯爽とアルマート様が現れた。人々の歓声が地響きのようだ。この闘う場において、私たちの声が観客席にまで響くように魔法でもって設計されている。さすが乙女ゲーム世界、なんでもありだ。
元々、この闘技場は貴族同士が自分たち自慢のお抱え騎士を戦わせる場であったはずなんだけど……この暑苦しそうな王子、赤髪に真っ赤な瞳のイケメン男が「これからは頭脳戦の時代だ」とか言って将棋闘技場に変えてしまった。
私は涼しげにたなびく水色の髪をかきあげ、水色の瞳を細めて不敵に笑ってみせる。
「あら、大して私を知りもしないのに見くびっていたのかしら。先に言っておくわ。私は研修会に所属していた女よ!」
「なにぃ!?」
やはり王子、転生者だったらしい。将棋を指して研鑽を積む場、研修会。そんなもの、この世界にはない。知っているのは転生者しかいない。
そして、おそらく実力は私の方が上だ。本戦からはアルマート様も参戦している。いわゆるシードだ。彼は無双するように勝ちまくっていたものの、将棋すら存在しなかったこの世界の住民はド素人だ。トーナメントの棋譜も公開されていて好きに市庁舎で見ることができる。勝っていたとはいえ、彼は趣味で多少嗜んでいた程度の愛好家だろう。そんな棋力だと棋譜からうかがえた。
「も、もしや奨励会を目指して!?」
「い、いえ、そこまでは……でも女流棋士になれたらとは……」
ちょっと覇気がなくなってしまったわね。
奨励会に入って女性初のプロ棋士になりたいと思ったこともあった。でも……どうやっても敵わない天才を何人も目の当たりにして、そこまでは無理かなと諦めた。中学生になっても、才能のある小学生に負かされる。その天才性を見せつけられる。それでも彼らのほとんどは……プロ棋士になれない。そんな世界。
駄目よ、悲しい過去を思い出しては。気持ちで負けては勝てる相手にも勝てない。



