放課後の部室、真琴は、スティックを握り、スネアを軽く叩く。
いつもの音。いつものリズム。
けれど――なんか、違う。
昨日のライブ後の打ち上げ。
遼の言葉が、まだ頭のどこかにこびりついている。
「お前のリズムは、まるで設計された建築みたいにバンドを支えてる」
思い返すだけで、妙に胸の奥がざわつく。
「……真琴?」
ふと声をかけられ、顔を上げると樹里がニヤニヤした顔でこちらを覗き込んでいた。
「昨日さ、打ち上げに残ってたよね?」
「……ん?」
「遼と話、できた?」
「……っ」
スティックがカツンとリムにぶつかる。
樹里は唇を引き上げ、目を細めた。
「なんかさ、いつもならああいう場には行かないのに、昨日は最後まで残ってたじゃん?」
「べ、別に……」
「ははーん、さては遼が気になっちゃった?」
樹里が軽くギターを掻き鳴らしながら、おどけた口調で言う。
その瞬間、詩音が興味津々とばかりに前のめりになった。
「えっ? 何それ? 真琴、遼さんって人のこと気になってるの?」
「いや、違うって!」
真琴は思わずスティックを握りしめる。
「ちょっと話しただけだよ! なんか、私のドラムのこと褒めてくれて……」
「遼って誰?」
早紀が眼鏡を押し上げながら、口を挟んだ。
「あーそっか、お前らまだ会ってないんだよな」
樹里がギターを肩にかけたまま、気だるげに説明を始める。
「遼は、昨日のライブハウスのPAスタッフでさ。……っていうか、もともとPAの人じゃなくて、マスターの知り合いでちょくちょく機材のメンテとか手伝ってるヤツなんだけど」
「ふーん、ライブハウスの手伝い? そういうバイトでもしてるの?」
詩音が首をかしげると、樹里はニヤリと笑った。
「いや、そんなんじゃないんだよね。アイツ、東京技術大学の建築学科の学生で、もう一級建築士の資格持ってるんだって」
「は?」
真琴以外の二人が、完全にポカンとした顔になる。
「え、一級建築士って、そんな簡単に取れるもんじゃないよね?」
「しかも大学生で? そんなの、普通ありえなくない?」
早紀が驚きのあまり眼鏡を押し直し、詩音も目を丸くする。
「まあ、簡単に言うと、超エリートってこと?」
「まあな。学内トップクラスらしいし、マスターも自分の子供でもないのに自慢げに『将来の大物』って言ってたぜ」
「ええええ!? そんなすごい人なの!?」
詩音が興奮気味に叫ぶ。
「でも、なんでそんな人がライブハウスの機材なんか見てるの?」
早紀が冷静に疑問を投げかけると、樹里は軽く肩をすくめた。
「どうやら建築と音響設備に興味あるらしい。ホールとかコンサート会場とか、そういうのの設計にも関わりたいんじゃね?」
「なるほどね……」
早紀が納得したように頷く。
「で、そのすごい人が、真琴のこと褒めたんでしょ?」
詩音が満面の笑みで詰め寄る。
「だから、それって相当すごいことじゃない?」
「……うっ」
真琴は言葉に詰まる。
確かに、遼が認めたという事実は、妙に胸に響いていた。
「ふーん……」
早紀が腕を組み、真琴をじっと見つめる。
「昨日のライブでも、後輩たちがいっぱい来てたし、打ち上げに残ったことも知ってる子もいるでしょ?」
「まあ、確かに……」
詩音が腕を組んで頷く。
「王子様が"年上の彼氏持ち"になったら、それなりにショックを受ける子もいそうだよね」
「そんなこと、あるわけないだろ」
まだ会ったばかりで、2人で話したのも昨日が初めてだ。しかし、真琴は、少し落ち着かなかった。
「でもさー」
樹里が気怠そうにギターを爪弾きながら言った。
「ぶっちゃけ、そいう話は、もうよくない?」
「え?」
「前から言ってるけど、ウチらは"アイドルバンド"じゃなくて、"バンド"でしょ?」
樹里の視線は真琴に向いている。
「ファンが騒ごうが、周りがどう思おうが、ウチらがいい音鳴らしてたら、それでよくね?」
ドラムのヘッドをそっと撫でる。
昨日、遼がくれた言葉。彼は、"真琴が求めているもの"を見抜いてくれた。
バンドの中での役割を、大切にしていることも。
"王子様"じゃなくて、一人のドラマーとして認めてくれた。
もし、彼ともっと話したら――
私は、もっと"自分"を知れるかもしれない。
その想いが、少しずつ大きくなっていく。
「……もう一回、最初からやろう」
真琴はスティックを握り直し、スネアを軽く叩いた。
いつもの音。いつものリズム。
けれど――なんか、違う。
昨日のライブ後の打ち上げ。
遼の言葉が、まだ頭のどこかにこびりついている。
「お前のリズムは、まるで設計された建築みたいにバンドを支えてる」
思い返すだけで、妙に胸の奥がざわつく。
「……真琴?」
ふと声をかけられ、顔を上げると樹里がニヤニヤした顔でこちらを覗き込んでいた。
「昨日さ、打ち上げに残ってたよね?」
「……ん?」
「遼と話、できた?」
「……っ」
スティックがカツンとリムにぶつかる。
樹里は唇を引き上げ、目を細めた。
「なんかさ、いつもならああいう場には行かないのに、昨日は最後まで残ってたじゃん?」
「べ、別に……」
「ははーん、さては遼が気になっちゃった?」
樹里が軽くギターを掻き鳴らしながら、おどけた口調で言う。
その瞬間、詩音が興味津々とばかりに前のめりになった。
「えっ? 何それ? 真琴、遼さんって人のこと気になってるの?」
「いや、違うって!」
真琴は思わずスティックを握りしめる。
「ちょっと話しただけだよ! なんか、私のドラムのこと褒めてくれて……」
「遼って誰?」
早紀が眼鏡を押し上げながら、口を挟んだ。
「あーそっか、お前らまだ会ってないんだよな」
樹里がギターを肩にかけたまま、気だるげに説明を始める。
「遼は、昨日のライブハウスのPAスタッフでさ。……っていうか、もともとPAの人じゃなくて、マスターの知り合いでちょくちょく機材のメンテとか手伝ってるヤツなんだけど」
「ふーん、ライブハウスの手伝い? そういうバイトでもしてるの?」
詩音が首をかしげると、樹里はニヤリと笑った。
「いや、そんなんじゃないんだよね。アイツ、東京技術大学の建築学科の学生で、もう一級建築士の資格持ってるんだって」
「は?」
真琴以外の二人が、完全にポカンとした顔になる。
「え、一級建築士って、そんな簡単に取れるもんじゃないよね?」
「しかも大学生で? そんなの、普通ありえなくない?」
早紀が驚きのあまり眼鏡を押し直し、詩音も目を丸くする。
「まあ、簡単に言うと、超エリートってこと?」
「まあな。学内トップクラスらしいし、マスターも自分の子供でもないのに自慢げに『将来の大物』って言ってたぜ」
「ええええ!? そんなすごい人なの!?」
詩音が興奮気味に叫ぶ。
「でも、なんでそんな人がライブハウスの機材なんか見てるの?」
早紀が冷静に疑問を投げかけると、樹里は軽く肩をすくめた。
「どうやら建築と音響設備に興味あるらしい。ホールとかコンサート会場とか、そういうのの設計にも関わりたいんじゃね?」
「なるほどね……」
早紀が納得したように頷く。
「で、そのすごい人が、真琴のこと褒めたんでしょ?」
詩音が満面の笑みで詰め寄る。
「だから、それって相当すごいことじゃない?」
「……うっ」
真琴は言葉に詰まる。
確かに、遼が認めたという事実は、妙に胸に響いていた。
「ふーん……」
早紀が腕を組み、真琴をじっと見つめる。
「昨日のライブでも、後輩たちがいっぱい来てたし、打ち上げに残ったことも知ってる子もいるでしょ?」
「まあ、確かに……」
詩音が腕を組んで頷く。
「王子様が"年上の彼氏持ち"になったら、それなりにショックを受ける子もいそうだよね」
「そんなこと、あるわけないだろ」
まだ会ったばかりで、2人で話したのも昨日が初めてだ。しかし、真琴は、少し落ち着かなかった。
「でもさー」
樹里が気怠そうにギターを爪弾きながら言った。
「ぶっちゃけ、そいう話は、もうよくない?」
「え?」
「前から言ってるけど、ウチらは"アイドルバンド"じゃなくて、"バンド"でしょ?」
樹里の視線は真琴に向いている。
「ファンが騒ごうが、周りがどう思おうが、ウチらがいい音鳴らしてたら、それでよくね?」
ドラムのヘッドをそっと撫でる。
昨日、遼がくれた言葉。彼は、"真琴が求めているもの"を見抜いてくれた。
バンドの中での役割を、大切にしていることも。
"王子様"じゃなくて、一人のドラマーとして認めてくれた。
もし、彼ともっと話したら――
私は、もっと"自分"を知れるかもしれない。
その想いが、少しずつ大きくなっていく。
「……もう一回、最初からやろう」
真琴はスティックを握り直し、スネアを軽く叩いた。



