1階のドアを引いた瞬間、息が白く染まった。
電灯に、白い光が反射していた。
雪は、静かに、包み込むように降っていた。
まだ、積もっていなかった。
瑛斗くんはゆるゆると私の手を離して、ふわりと首を上に向けた。
「…本当に降ってる。」
瑛斗くんはつぶやいた。
「うん。初雪だね。」
私はそう言って瑛斗くんの方に顔を向けた。
「僕、もう今年は見られないと思ってた。」
瑛斗くんもそう言って、こちらに顔を向けた。
そして…
しばらく言葉もなく見つめ合って同時に噴き出した。
「なんで見てるの?」
と、瑛斗くんがおかしそうに言ったので、
「そっちこそ。」
と笑い返した。
しばらく笑っていると、瑛斗くんはふっと微笑みながら息を吐いて、優しい視線を雪空に向けた。
____それきり、彼は何も話さなかった。
だから、私も黙った。
…音もなく雪が降るだけの世界は、奇妙なほど静かだった。
でも、不思議なくらい心地よかった。
瑛斗くんの長い睫毛が雪で湿っていた。
刻み込むように雪を瞳に映して、彼は深呼吸をした。
それを見て、私も自然と笑みがこぼれた。
しばらく何も言わずに瑛斗くんを見つめていると、
冬の冷たい空気を吸ったその唇が
「綺麗だ。」
と動いた。
…その瞬間、突然時が止まったような気がした。
目が大きく開いて、体がピクリとも動かなくなる。
車の音も、人の話し声も、何も聞こえなくなった。
その風景から鮮やかに浮き上がるのは、瑛斗くんだけだった。
私はそれを凝視する。
笑みを作っていた口角すら下がって、私は目を見開いた。
その時、胸が熱く焼けて、痛んだ。
どうしようもなく痛くて、少しだけ苦しかった。
だって…
どうしようもなくこの人が好きだと思ったから。
誰かのことを、初めて愛おしいと感じたから。
ずっとこのままでいたいと、本気で願った。
ほろほろと舞い散る白い光を呆然と眺めている瑛斗くんの瞳。
雪の光を反射するその瞳が、栗皮色に光った。
それは…
12年間生きてきた私が、一番綺麗だと思ったものだった。
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