回復した体力を最大限に活用して、グラウンドと校舎内を駆け回ったが、圭吾の姿はどこにもなかった。念のためにと立ち寄った用具室の片隅で――
「あ、みっけ」
羽を痛めた天使がネットに絡まって力尽きていた。華はそっと近付くとその足元にしゃがみ込んだ。
長い睫毛の一本一本まで見える距離で、こんなにもじっくりと見たのは初めてかもしれない。
艶のある髪にはラインパウダーらしき白い粉が付いている。それを払おうと手を伸ばしかけた。
「おう、華!」
「うわっ、圭吾!」
華は慌てて手を引っ込めた。
「お前、体調は?」
「うん、もう大丈夫」
「そっか、良かったな。でも今日はさすがに疲れたわ。さぼりに来たつもりが、スマホ弄ってたら寝落ちしてた」
天使があくびをしながら羽を広げるように伸びをした。
「心配ばっかかけやがって」
言いながらゆっくりと下ろしたその手が、羽根のように優しい力で華の髪を撫でた。
「圭吾が八百メートルリレーもムカデ競走も障害物リレーも出てくれたって聞いて。あと実行委員の仕事も一人で――」
「仮装リレーもな!」
一瞬真顔になってから、圭吾は白い歯を見せた。
「ふふっ。よく似合ってるよ、天使の仮装」
つられて華も笑う。
「黙れ! お人好しが何でもかんでも引き受けるからだろ」
「ごめん」
「……いつものことだし、もう慣れたけど」
思い返せば、人生の半分は圭吾と一緒だったと言っても過言ではないのかもしれない。お人好しな性格は、時に自身を苦しめ、大切な存在までも苦しめる。
「圭吾はさぁ、私みたいなのが幼馴染みで、いい加減うんざりだと思わないの?」
「別に、思わねぇよ」
あっさり言われて拍子抜けした。
「圭吾は天使だね」
「お前、おちょくってる?」
圭吾が眉を寄せ顔を近付けた。
「おちょくってなんかないよ。ほんとにそう思うの。ずっと私を守ってくれてた天使」
守護霊なんかではなく、ずっと圭吾に守られていたことに今頃気付いたのだ。
「絶対守ってやるって言っただろ?」
「え? いつ?」
「覚えてねぇならいいや。……守れる間は守ってやりたいって思ってる。もう二度とお前をあんな目にあわせたくないから」
「え、もしかして事故のこと言ってる? あれは圭吾のせいじゃないじゃん」
「それでも、あの時もし俺がお前のそばにいてやれてたら事故を回避できてただろうなって思ったら、悔やしくて仕方なかった」
圭吾は唇を噛みしめ、苦しそうに顔を歪めた。
「それなのに、お前はいつも俺から離れていこうとする。ストーカー呼ばわりまでしやがって」
「それはさぁ、何ていうか……」
照れ臭かったからだ。
「謝れよ。さすがの俺でも傷付くわ」
「ごめん」
やっぱり傷付けていたのかと、圭吾の悲痛な面持ちが華の胸を締め付けた。
「お前はさぁ、俺と一緒にいるの、そんなに嫌?」
突然真顔になって圭吾が尋ねる。
「私といると、圭吾は厄介ごとに巻き込まれるばっかできっと幸せになれないよ?」
「幸せかどうかは俺が決めることだろ。お前、そんなこと気にしてたの?」
「だってそうじゃん。私は圭吾に守ってもらうばっかで――」
言いながら、堪えきれずに溢れた涙を指先で拭った。
「それなら心配無用」
「え?」
「天使は見返りなんか求めねぇんだよ」
用具室に射し込む西日が、圭吾の艶髪に輪っかを作っていた。
「けど、もうちょっとだけ休まして」
そう言うと、天使が膝の上を占領した。
【完】
「あ、みっけ」
羽を痛めた天使がネットに絡まって力尽きていた。華はそっと近付くとその足元にしゃがみ込んだ。
長い睫毛の一本一本まで見える距離で、こんなにもじっくりと見たのは初めてかもしれない。
艶のある髪にはラインパウダーらしき白い粉が付いている。それを払おうと手を伸ばしかけた。
「おう、華!」
「うわっ、圭吾!」
華は慌てて手を引っ込めた。
「お前、体調は?」
「うん、もう大丈夫」
「そっか、良かったな。でも今日はさすがに疲れたわ。さぼりに来たつもりが、スマホ弄ってたら寝落ちしてた」
天使があくびをしながら羽を広げるように伸びをした。
「心配ばっかかけやがって」
言いながらゆっくりと下ろしたその手が、羽根のように優しい力で華の髪を撫でた。
「圭吾が八百メートルリレーもムカデ競走も障害物リレーも出てくれたって聞いて。あと実行委員の仕事も一人で――」
「仮装リレーもな!」
一瞬真顔になってから、圭吾は白い歯を見せた。
「ふふっ。よく似合ってるよ、天使の仮装」
つられて華も笑う。
「黙れ! お人好しが何でもかんでも引き受けるからだろ」
「ごめん」
「……いつものことだし、もう慣れたけど」
思い返せば、人生の半分は圭吾と一緒だったと言っても過言ではないのかもしれない。お人好しな性格は、時に自身を苦しめ、大切な存在までも苦しめる。
「圭吾はさぁ、私みたいなのが幼馴染みで、いい加減うんざりだと思わないの?」
「別に、思わねぇよ」
あっさり言われて拍子抜けした。
「圭吾は天使だね」
「お前、おちょくってる?」
圭吾が眉を寄せ顔を近付けた。
「おちょくってなんかないよ。ほんとにそう思うの。ずっと私を守ってくれてた天使」
守護霊なんかではなく、ずっと圭吾に守られていたことに今頃気付いたのだ。
「絶対守ってやるって言っただろ?」
「え? いつ?」
「覚えてねぇならいいや。……守れる間は守ってやりたいって思ってる。もう二度とお前をあんな目にあわせたくないから」
「え、もしかして事故のこと言ってる? あれは圭吾のせいじゃないじゃん」
「それでも、あの時もし俺がお前のそばにいてやれてたら事故を回避できてただろうなって思ったら、悔やしくて仕方なかった」
圭吾は唇を噛みしめ、苦しそうに顔を歪めた。
「それなのに、お前はいつも俺から離れていこうとする。ストーカー呼ばわりまでしやがって」
「それはさぁ、何ていうか……」
照れ臭かったからだ。
「謝れよ。さすがの俺でも傷付くわ」
「ごめん」
やっぱり傷付けていたのかと、圭吾の悲痛な面持ちが華の胸を締め付けた。
「お前はさぁ、俺と一緒にいるの、そんなに嫌?」
突然真顔になって圭吾が尋ねる。
「私といると、圭吾は厄介ごとに巻き込まれるばっかできっと幸せになれないよ?」
「幸せかどうかは俺が決めることだろ。お前、そんなこと気にしてたの?」
「だってそうじゃん。私は圭吾に守ってもらうばっかで――」
言いながら、堪えきれずに溢れた涙を指先で拭った。
「それなら心配無用」
「え?」
「天使は見返りなんか求めねぇんだよ」
用具室に射し込む西日が、圭吾の艶髪に輪っかを作っていた。
「けど、もうちょっとだけ休まして」
そう言うと、天使が膝の上を占領した。
【完】



