イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。


 さっき、湊さんが触れていた頬には、今は佐々木先輩の手が添えてある。背筋が凍って、震えが止まらない。

 そんな時に聞こえてきた。私のスマホが、鳴っている。この音は、電話だ。私に電話をかけてくる人と言えば、最近は琳と、一番は湊さんだ。

 私は、自分のスマホを探した。右手近くに落ちている事に気が付き、手を伸ばすけれど……佐々木先輩の手元に渡ってしまっていた。画面を見て、舌打ちをしつつも着信拒否をしてしまい、音が止んでしまった。


「さぁ、もう瑠奈ちゃんと僕だけだ」

「ひっ……」


 また、聞こえてきた。着信音だ。眉間にしわを寄せた佐々木先輩は、先ほど放り投げたスマホを拾い電源を切るようにしてボタンを長押ししていた。その隙を突き、私には彼の下から逃げ出した。向かう先は、廊下の先にある玄関。

 あともう少し、と言ったところで……腕を掴まれ倒された。うつ伏せに倒れ込み、背中に佐々木先輩が乗ってくる。両手首を、押さえつけられてしまった。


「悪い子だね。逃げようとしても無駄だよ。お仕置きが増えるだけだ。……ちゃんと、教えてあげよう。君の帰る場所は僕のところだ」

「うっ」


 乱暴に仰向けにされる。目の前に、佐々木先輩の顔がある。

 怖い。怖い。さっきのストーカーとは比べ物にならないくらいの、恐怖が私を襲ってくる。

 助けて。

 心の中で、そう叫んだ。頭に浮かぶのは、さっき助けてくれた彼の姿。


「い……い……いやっ……いやだっ……た、助けっ……」

「助けてあげられるのは僕だ。あの男から君を解放してあげられるのは、僕一人だけ。分かるかい?」

「ちっ、違っ……湊さっ……」


 その瞬間、頬に痛みを感じた。乾いた音が、廊下に響く。頬を、叩かれたのだとすぐに分かった。


「あの男の名前を口にするなんて、悪い子だね」


 先ほどとは違った、冷たく、鋭い視線を向けてくる。この人は、危険だ。本能が、私に訴えてくる。

 けれど、成人男性に乗られた状態では、例え成人しているとしても女性では逃げられない事は分かってる。

 視界が揺れる。こんな人に触れられたくない。やめて。そこからどいて。そう叫びたかった。けれど、自分の無力さに絶望すら覚える。

 少しずつ近づいてくる佐々木先輩の顔に、あぁ、もう無理だ、と、諦めてしまった。

 その時だった。

 大きな音が、この廊下に響いた。


「瑠奈っ!!!」