イケメン警視、アルバイトで雇った恋人役を溺愛する。


 人が、その場に立っていた。おかえりなさいと、私に言ってきた。

 どうして……どうして……


 ――佐々木先輩が、私の家にいるのだろうか。


 この前辞めた居酒屋の、先輩が。

 私の家を知っていた……?

 合鍵を持っていた……?

 そんな疑問が脳内に飛び交い、言葉が出てこない。

 そんな私に近寄り、私を見下ろす佐々木先輩は、私に微笑みこう言った。


「遅かったね。もしかして、あの男とこんな時間まで遊んでいたのかな」

「ぇ……」

「まだあの男と付き合ってたんだね。でも、もうそろそろ、僕のところに帰ってきてほしいな」


 佐々木先輩から出てきた言葉は、理解出来なかった。

 僕のところに、帰ってきてほしい。

 さも、私の居場所は、自分のところだと言っているような発言だ。

 私にとって佐々木先輩は、優しい先輩だった。アルバイトとして働き始めた時から、いろいろと教えてくれて、フォローもしてくれて、頼れる先輩だった。

 ただ、それだけだった。その、はず。なのに……どうして、そんな発言をするのだろう。

 ――逃げろ。

 そう、言われているように感じた。お前の居場所はそこじゃない。だから、逃げろ、と。

 けれど、遅かった。手首を、強く掴まれてしまった。


「なかなか帰ってこない悪い子には、お仕置きが必要だね」

「っ……」


 後ずさるけれど、手首を掴まれてしまい少ししか下がれない。そして、肩を押され転び尻もちをついた。


「うっ……」

「瑠奈ちゃん」


 私に、のしかかってくる佐々木先輩。私に向ける顔は、微笑んでいるように見えるけれど……恐ろしく感じた。

 来ないで。来ないで。そう叫びたかったけれど、何かがのどに詰まったかのように、唇を動かしても、声が出なかった。