平日の夜というのに、パブの店内は週末のサッカー観戦のような喧騒さが沸き起こる。
木山茜は、クイッとテキーラのショットを飲み干すと、余計に喉が熱くなるのを感じた。
「私はちゃんと見たんだからっ。あんたこそ怪しい」
畑のり子も負けじとテキーラのショットを飲み干した。のり子派たちの客から歓声が沸き起こる。
「あたいこそ、この目でちゃんと見たんだよ。それに最後まで疑ってたのはあたいだろ」
茜は言葉に詰まる。カウンターに空のショットを差し出すと、マスターが慌てて注いだ。その数秒間に、茜は次の言葉を探し出す。なんとしてでも、こののり子には勝つつもりだ。
「じゃあ証人は? 証人がいる訳?」
注がれたテキーラを、茜は勝ち誇ったようにゆっくり飲み干す。のり子が口籠もったからだ。茜派の客から「そうだ、そうだ!」とやじが飛ぶ。
「証人はいねーけど……、テメェこそ、どーなのさ」
「へ? そ、そりゃ証人はいないけど。見たことは確かなんだから」
「そんなのあたいと一緒じゃねーか」
今度はのり子が勝ち誇ったように空になったショットをマスターに差し出す。並々と注がれるテキーラ。のり子は茜に向けて、嫌味たらしくそのショットを掲げた。のり子派たちの野太い声が店内に轟いた。
いつも肌寒く感じる社内の冷房が、二日酔いの茜には妙に心地よい。しかし目覚めてからの吐き気は治ったものの、頭痛は全く癒えない。茜はぐったりと自分
のデスクに頬杖をついて過ごしていた。
「先輩、サボってないで仕事」
隣席の田中みくが呆れたように、茜に肘で突く。
「ごめんよ、田中ちゃん。今日はちょっと無理。私の分までよろしく」
茜が田中に顔を向けると、茜がギョッとした顔になった。
「顔色めっちゃ悪いですよ。隈もめっちゃやばいし。たった一日でめっちゃ老け込んでるんですけど」
「めっちゃめっちゃ、言うな。ちょっと飲み過ぎただけだって」
ちょっとではない。昨夜のり子とのやり合いの末、勝利へ持ち込めなかった茜は、帰宅後もひとり煽り酒をし、寝落ちした。その罰だ。
田中はまじまじと軽蔑の含んだ目で茜を見る。
「ひぇー、おばさんでも、おばあちゃん
よりのおばさん化してますよ。むくみで顔たるんでほうれい線も目立ってるし。歳も歳なんですから、気をつけた方がいいですよ?」
「だ・ま・れ」
茜は仕方なくパソコンに向き直った。
十も離れた歳下の子というのは、こうも遠慮なげにヅケヅケものを言うのかと茜は苦笑するしかない。しかし、田中の包み隠さない潔のよい性格は、茜にとって居心地のよい関係性でもあった。
「失礼しますぅ」
甲高い声。のり子が庶務課へやって来たのだ。ヒールの音をツカツカとさせて、太宰勇気のデスクへと向かって歩いていく。
「太宰勇気さん宛ものが、秘書課に間違えて届いてましたのぉ。お忙しいと思いまして届にきましたわ」
茜はのり子の姿を見ると、ため息が出
そうになる。あのねっとりとした口調に、ピンヒール。凛とした佇まい。
以前のり子が「私、お酒は飲めないんですぅ」と、太宰勇気にか弱さアピールをしていたのを茜は思い出した。なーにが、お酒は飲めないだ。昨夜、浴びるように酒を飲んだ酒豪の元ヤンであるのり子は、同級生だった太宰勇気を追っかけて、秘書に成り上がったのだった。その背景を知っているのは茜は、のり子の猫被り具合に、ため息が漏れてしまう。
「ああはなりたくないな」
茜は独りごちに呟く。
「のり子さま、女性の鏡って感じですよね」
隣で目を輝かせた田中が、首を伸ばしてのり子を見つめていた。
木山茜は、クイッとテキーラのショットを飲み干すと、余計に喉が熱くなるのを感じた。
「私はちゃんと見たんだからっ。あんたこそ怪しい」
畑のり子も負けじとテキーラのショットを飲み干した。のり子派たちの客から歓声が沸き起こる。
「あたいこそ、この目でちゃんと見たんだよ。それに最後まで疑ってたのはあたいだろ」
茜は言葉に詰まる。カウンターに空のショットを差し出すと、マスターが慌てて注いだ。その数秒間に、茜は次の言葉を探し出す。なんとしてでも、こののり子には勝つつもりだ。
「じゃあ証人は? 証人がいる訳?」
注がれたテキーラを、茜は勝ち誇ったようにゆっくり飲み干す。のり子が口籠もったからだ。茜派の客から「そうだ、そうだ!」とやじが飛ぶ。
「証人はいねーけど……、テメェこそ、どーなのさ」
「へ? そ、そりゃ証人はいないけど。見たことは確かなんだから」
「そんなのあたいと一緒じゃねーか」
今度はのり子が勝ち誇ったように空になったショットをマスターに差し出す。並々と注がれるテキーラ。のり子は茜に向けて、嫌味たらしくそのショットを掲げた。のり子派たちの野太い声が店内に轟いた。
いつも肌寒く感じる社内の冷房が、二日酔いの茜には妙に心地よい。しかし目覚めてからの吐き気は治ったものの、頭痛は全く癒えない。茜はぐったりと自分
のデスクに頬杖をついて過ごしていた。
「先輩、サボってないで仕事」
隣席の田中みくが呆れたように、茜に肘で突く。
「ごめんよ、田中ちゃん。今日はちょっと無理。私の分までよろしく」
茜が田中に顔を向けると、茜がギョッとした顔になった。
「顔色めっちゃ悪いですよ。隈もめっちゃやばいし。たった一日でめっちゃ老け込んでるんですけど」
「めっちゃめっちゃ、言うな。ちょっと飲み過ぎただけだって」
ちょっとではない。昨夜のり子とのやり合いの末、勝利へ持ち込めなかった茜は、帰宅後もひとり煽り酒をし、寝落ちした。その罰だ。
田中はまじまじと軽蔑の含んだ目で茜を見る。
「ひぇー、おばさんでも、おばあちゃん
よりのおばさん化してますよ。むくみで顔たるんでほうれい線も目立ってるし。歳も歳なんですから、気をつけた方がいいですよ?」
「だ・ま・れ」
茜は仕方なくパソコンに向き直った。
十も離れた歳下の子というのは、こうも遠慮なげにヅケヅケものを言うのかと茜は苦笑するしかない。しかし、田中の包み隠さない潔のよい性格は、茜にとって居心地のよい関係性でもあった。
「失礼しますぅ」
甲高い声。のり子が庶務課へやって来たのだ。ヒールの音をツカツカとさせて、太宰勇気のデスクへと向かって歩いていく。
「太宰勇気さん宛ものが、秘書課に間違えて届いてましたのぉ。お忙しいと思いまして届にきましたわ」
茜はのり子の姿を見ると、ため息が出
そうになる。あのねっとりとした口調に、ピンヒール。凛とした佇まい。
以前のり子が「私、お酒は飲めないんですぅ」と、太宰勇気にか弱さアピールをしていたのを茜は思い出した。なーにが、お酒は飲めないだ。昨夜、浴びるように酒を飲んだ酒豪の元ヤンであるのり子は、同級生だった太宰勇気を追っかけて、秘書に成り上がったのだった。その背景を知っているのは茜は、のり子の猫被り具合に、ため息が漏れてしまう。
「ああはなりたくないな」
茜は独りごちに呟く。
「のり子さま、女性の鏡って感じですよね」
隣で目を輝かせた田中が、首を伸ばしてのり子を見つめていた。


